2017年11月30日

《リニューアル》当ブログはファンキー末吉さんを応援します!

※裁判が終わったのでこの記事の役割もそろそろ終わりです。
 新たな記事を書きますので、しばしお待ちを。

このブログ「ドレミファソランド」は、音楽が好き過ぎる私なんくいが、
音楽に関する様々な事項を取り上げております。色々な連載がありますし、
それぞれが興味を持つことを勝手に読んで下さって結構なのですが、それを
読んで興味を持って頂けるなら、是非とも現状の音楽に関する重要な問題に
目を向けて欲しい。そう願ってトップページを2014年1月からこの形式にしております。
(一審の判決が出るか、別の大きな動きがあるまではこの形です)

それは、著作権の問題です。

最近、TPPで著作権の問題がニュースにもなり、一部でにわかに関心を持たれて
いますよね。この問題についても論陣を張りますし、ささやかながら広めていく
ための試みもやっていこうと考えています。(その件に関しては、本文の末尾を
ご覧ください)それと同時に、著作権に関しては表題にあるファンキー末吉さんの
裁判の問題を、避けては通れません。

ファンキー末吉さんは現在、JASRACに訴えられて裁判で係争中です。その詳しい
経緯は支援の会のHPなどに詳しいです。私もこの問題については裁判になる前に記事
書いています。この問題は、JASRACによる著作権料の分配方法に疑問を持った
ファンキーさんが、その透明性を求めているものです。(それが何故JASRAC側から
訴えられるのかは、HPで経緯をご覧下さい)この問題は音楽文化全体を考える上でも
重要な意味を持ちます。そこで、皆さんにお願いしていることは先ず3つです。
 ・先ずはファンキーさんを支援するための「募金」(こちらに方法があります)
 ・この問題や、関連する問題も含めて深く知ること
 ・この問題を、他の人に伝えること(いろいろあるのでお任せします)
  ↑Twitterなどで拡散するのも一つの方法でしょう。関連記事を私に教えて下さるのも
   助かります。このページの追記などで紹介します。
この記事の後ろの「ファンキー末吉支援者の会」のバナーの後ろの「続きを読む」を
クリックして頂くと、この記事の履歴や関連記事などを紹介しています。そちらも
読んでいただけると、より深く知っていただけると思います。

そして。2014年12月に新たな試みがスタートしました!
RIS:演奏曲目入力システム|日本の音楽これで委員会
こちらの説明の方が分かりやすいかも知れません。
「演奏曲目入力システム」をはじめます!

裁判の支援を通じてJASRACの問題点を告発していく、いわゆる「ダメ出し」的なアプローチ
(これも大事ですよ!)だけでなく、その問題点を補う建設的な試みをしよう、という
新たな動きになってきているんですよ。その可能性についてもいくつか記事を書かせて
頂いています。(追記をご覧下さい)

さらに、この裁判を支援しようということで、私曲を作りました。詳しくはこの記事を
ご覧頂きたいです。
ファンキー末吉さん支援ソングを「みんなの歌」にしてください!


つまり、音楽を使って楽しむことで、裁判を支援するという新しい方法の提案です。何か
面白そうだなあ、という方は是非ご参加ください。それがJASRACや関連団体を変えて
いくことや、ひいては音楽文化をより豊かにしていくことだと信じます。

ついでに。20147年4月から結婚式で音楽をかけると使用料が徴収されます。その経緯などは
このリンクを読んで頂きたいのですが、この事実にも風刺ソングという方法で対抗します。
ISUMマンセー・ソング完成しました!

さらに、TPPの問題についてもこのページから最新情報を得られるようにしておきます。
是非、世論を盛り上げて「著作権の問題」を私たちの手に取り戻したい。そのために
TPPに関連する運動も、非常に重要性が高いと私は考えております。

音楽っていろんな楽しみ方の出来る深いものです。その楽しみを多様に味わっていただく
記事が以下に続きます。その楽しみ一つ一つも、この裁判の問題とつながっていることを
心の片隅に置いてもらえると、大変ありがたいです。

fs_support200_100.jpg続きを読む
posted by なんくい at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月30日

サブスク時代の洋楽楽理解説 #20 Bruce Springsteen「Rosalita (Come Out Tonight)」

なかなか更新できなくて申し訳ないですが、月イチの洋楽楽理解説は律義に更新
しております。今月はボスことBruce Springsteenでございます。

この人は日本では「Born In The USA」のイメージが強い(何なんでしょうねこの
日本での洋楽の80年代スタンダード的な現象。今度考察してみようかな)のですが、
デビュー当時は「ボブ・ディランの再来」みたいに言われていて、言葉をまくし立てる
スタイルが印象的な人なんですよ。日本で言うとヒート・ウェイブなんか近いと思う。

そして彼の音楽性を支えるのがEストリート・バンドという最高なロックンロール・
バンド。といっても、サックスがいたりキーボードが2人(だいたいピアノとオルガン)
いたりとロックンロールの典型からは異色(いやむしろ、古きロックンロールの姿を
体現していると言えないか)の編成なんですけどね。

全盛期の彼らは6時間もの長さのライブをやるなんて話もあり、その圧倒的なライブは
観る者全て(本っ当に全て!)を興奮させたと言います。そのライブでの魅力が凝縮
されているのが彼の2ndアルバム「The Wild, The Innocent & The E Street Shffule」
に収録の「Rosalita (Come Out Tonight)」でしょう。



これがライブ・テイクになっている辺り「分かってるなあ」という感じがします。最後
の方なんか、最前列の女のお客さんがボスに抱き着いて大変なことになってますね。
この曲、あまりに盛り上がり過ぎて危険だから一時期封印してたなんてウワサも聞いた
ことあるんですが、真偽のほどは定かではありません。

この素晴らしいライブテイクを使って解説してもいいのですが、でもここでは一応
レコーディングの音源に従って解説していきます。これも、味わい深いんですけどね。
(当然、ライブテイクの方がアツいに決まってるもん)

最初、ギターのアルペジオから始まります。8小節間、その間にドラムのブレイク、
ハモンドオルガン、サックスが入ってきて、7〜8小節目では付点8分音符で引っ張って
あの印象的な、サックスをフューチャーしたイントロに突入します。

ここのコードはF→B♭→F→Cという一→四→一→五という、スリーコードなんですが
ロックというよりラテンなんかでよく見かけるコード進行です。こういうシンプルなコード
に胸躍る8ビート。ただ音源をよく聞くとイントロからの流れであるギターのアルペジオが
いいアクセントになっていることに気づきます。

そのコードの流れのまま、バースに入ってきます。ここはF→B♭→F→Cという2小節の
回しを8回、つまり16小節の長さですね。このパートを、ここではAと呼んでおきます。

次のパートをどう呼べばいいのか議論のしどころですが、一応第1ブリッジという解釈で
いいのでしょうが、ここではBとしておきます。(JポップのBメロとは少し違いますが)
ここのパートはコードを拾っておきます。
 |B♭|B♭|Am|Dm|C|C|B♭|B♭|
 |Csus4・C|Csus4・C|Csus4・C|Csus4・C|

12小節といういびつな長さなんですよ。ここは(クラレンス・クレモンズのサックスで)上がり
つつもコードの変化で切ない色を入れる1〜4小節目、そしてドラムがブレイクする5〜8
小節目、そこから再び上げていく9〜12小節目という役割分担ですね。ここで上手いと思う
のが5〜8小節目で一旦下げておくところ。ベースとキックドラムが「ターンタ・ターン・
タッタッタ・ターン」というリズムを刻み、ちょっと遊んでいる感じを出す。そこから
ドラムは細かいフィルインを含みつつ上げていく。ここはサステインかを挟んで同じドミナント
のコードをしつこいほど引っ張っていくんですが、そのコードチェンジに呼応したサックスが
だんだん上がっていくようにフレーズを弾いていてウマいなあと思いますね。

2コーラス目もA→Bは同じ長さで続きます。もちろんサックスが雄弁になったり1回目より
盛り上がるようになっているわけですが。そこに続いてコーラス的なパート(ここをCと
しておきます)が始まります。ここはF→B♭→Cという一→四→五というコードでの
2小節の繰り返しで、歌のパートで4回、サックスソロで4回の8回16小節続きます。

そして3たびAに行くのですが、ここが少しだけ違うところ。ここまでは8回繰り返されて
いたパートが、6回までは変わらないのですが、7回目から少し変わっているんです。
それはこういう風にです。
 |F・B♭|F・C|B♭|B♭|C|C|
そしてここからBのパートに流れていくのです。まあ趣としてはBのパートが少し早く始まる
という感じなんですね。でもまあ、ここから少し破調が始まっていくわけです。

そしてBはそのまま進み、Cも歌の4回しまでは同じですが、その後、第1のクライマックスが
始まります。レコーディングの音源ではハモンドオルガンが細かいアルペジオで盛り上げて
いくパートです。
 |C|C|D♭|D♭|D|D|E♭|E♭|
 |E|E|E|E|E|E|E|E|
要は半音ずつせり上がっていくというパートですね。そしてEのコードで引っ張って引っ張って
強引に盛り上げていくわけです。ライブテイクを見たら、ここでサステインを使ったりして
さらにブラッシュアップが図られているのが分かります。

こうして緊張感がマックスになって次に、サックスによる印象的なフレーズが入ってきます。
ここはブレイクとして4回、そしてF→B♭→C(Cのところのコードですね)が入って4回。
そのままコーラスに入るのかなあと思いきや、ここで長い間奏も意外と暗転していくのです。
というのも、ここでコードがこうなります。
 |F|B♭/F|Fmin7|B♭/F7|F|B♭/F|Fmin7|B♭/F7|
なんと、マイナー展開するんですね。ここはブルージーでカッコイイパートですが、次の
第2ブリッジ(Dとします)の暗転→カタルシスを準備する、曲の構成的には大事な部分
なんですよ。

そして、再び歌に入るDのパート。少し長いので、区切って解説しますね。
 |C|C|Gm|Gm|Dm|Dm|Am|Am|
 |C|C|
8小節はじっくり聴かせるパート。コードもマイナー展開しています。そこに挟まる
2小節のリズミックなパート(9〜10小節目のCのコードのところ)ここがアクセントに
なり、さらに静かなパートへ。
 |Gm|Gm|Dm|Dm|Am|Am|
 |B♭|C|F|Am|
ここの前半6小節は、実は前の2小節につながっていて、ちょうどその前の8小節の繰り返し
になっている部分。そこをあえて、ここで分けて表示したのは、9〜10小節目のインパクトを
際立たせたかったからです。
そしてその8小節の繰り返し2回の後に、その展開が一旦解決(コード的に)して次のパートに
つなげるための小休止をします。(ここは一旦緊張感がほどける部分ですね。まあこういう
ところがないと、正直持たないですしね)

次からだんだんと盛り上がっていく(反転してカタルシスになるパート)ところです。
 |Dm|B♭|
 |C|C|C|C|C|C|
 |Gm|Gm|E♭|B♭|
 |Csus4・C|Csus4・C|Csus4・C|Csus4・C|

最初の2小節はドラムブレイクにサックスの伸ばしが入って、ここから盛り上げっていく
という流れを見せつつ、次の6小節でドラム以外がブレイクになり、有名なリフレイン
(ライブでは観客が歌って盛り上げるところ)になります。ここ、物語的には相手から
自分の絶望的なところを指摘されるパートで、ここをこういうつくりにしているのは
それを戯画的に聴かせようという意図があるのでしょう。そこから再び演奏が入り、
段々と盛り上げていくパートなんですが、ここで初めてE♭のコードが登場したりします。
ここが、私がBruce Springsteenをタマラナく好きなところでして、結構巧みなんですよ。
不器用なようでいて、メチャクチャ音楽的に達者なんですよね。

そして、例のサステインで上がっていくパートを経て、4たびAのパートへ突入します。
ここのAのパートはいつも通りなんですが、今度は続くBのパートが少し変わります。
 |B♭|B♭|Am|Dm|C|C|B♭|B♭|Am|Dm|
 |Csus4・C|Csus4・C|Csus4・C|Csus4・C|C|C|
4小節〜6小節〜6小節というつくりですね。中盤の6小節は歌詞が引き延ばされたから
でしょう。そして最後の6小節はもう少し引っ張っているわけですが、最後の小節であの
有名なブレイクが登場します。ここもクライマックスの一つでしょうね。

そしてコーラス(Cのパート)が歌4回し、サックスソロ4回しを経て、さらに盛り上がる
パート、例の「ハッハッハッハッ」のところですね。ここからはイントロと同じコード進行
つまりF→B♭→F→Cの繰り返しになります。そして最後に盛り上げておいて、いかにも
ロックっぽくFのコードの伸ばしで終わります。

Bruce Springsteenという人は生粋の詩人でもありまして(ディランの後継者て言われてた
んだもんな)、その絶望から希望へと至るストーリーテリングの見事さも語るべきなのですが
それは色んな方がやっていらっしゃるので、私はあまり語られていないボスの楽理的魅力を
今回語らせて頂きました。盛り上がる曲には、やはり構成の妙があるんですね。

しばらくロックを続けようかと思いましたが、来月は気が変わって10ccに行きます。それも
ゴドレイ&クレーム脱退後の名曲「The Things We Do For Love」を楽理解説させて頂きます。
知らない方は、是非予習しておいて下さいね。
posted by なんくい at 23:44| Comment(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月23日

SKY-HIが「キョウボウザイ」を公開した理由に戦慄せよ

記事自体も久々ですが、表現の自由について、あまり発信していない間にいろいろ
世間でもさわぎになっていますね。

例えば、とんねるずの「保毛尾田保毛男」をめぐる騒動。色々引っかかるポイントは
ありつつ、上手いこと意見を整理できないなあ、と思っていたところ、「やられた!」
と思うような記事がありましたので、それを紹介することにします。

同性愛を笑いものにする時代遅れのタレントが何かに気づくBL

簡単に言っちゃうと、とんねるずの笑いって「いじめっ子の笑い」なんですよね。それが
OKとされていた時代もあったのでしょうが、今はもうダメでしょうね。ということを
分かりやすく表現にしてくれているなあ、と感じました。お見事です。

では本題に行きます。当記事の主役のSKY-HIは、Hip Hop好きな人なら紹介の要はないですが、
AAAという男女混合アイドルにいる日高光啓がHip Hopアーチストとしても一流でして、その
ソロでHip Hopアーチストとしてのアーチスト名がSKY-Hiなんです。

私は彼の2ndアルバム「カタルシス」からのリスナーですが(でもゴメンまだ取り上げて
いなかったね)今回取り上げたいのは、彼の今年出した「キョウボウザイ」という
トピカル・ソングについてです。



こういう話題は、このブログ開始当初からさんざん取り上げてきました。サザンとか
山崎まさよしさんとか。だいたい表現する側を擁護する記事でしたので、当然この試みも
絶対支持、なわけですが(意見が同じとか違うとかは実は関係ないんですよ。こういう
のも擁護しますからね)今回あえて記事にしようと思ったのは、他でもない日高くんから
こういう政治的な曲を出す意味について、新たな視点が提示されたからなんですよ。

そのことを教えてくれる記事がこちら。
共謀罪強行採決を批判したSKY-HIがエイベックスから怒られた!? それでも口はつぐまないラッパーとしての決意

このLITERAというサイトは相当政治的に偏った主張を持つサイトでして、従ってこの記事も
非常に偏った取り上げ方をしている(私「MUSICA」も買って読みましたけど、実際はSKY-Hiの
トータルなアーチストとしての立ち位置、という文脈を踏まえて読むべきです)のですが、
私がこれから取り上げたい問題に関しては、この記事に書かれていることで充分です。

ここで、私が非常に目を開かされたのは「こういう政治的な曲を出すのは社会のために必要だ」
という彼の考え方です。これって「音楽に政治を持ち込むなよ」とは対極の考えですよね。

しかし、政治的主張を持つ曲を発表するということが「社会のため」だという考えは非常に
過激というか斬新ですよね。その考えは彼の中には強い矜持としてあるようで、というのも
この「キョウボウザイ」は共謀罪の採決からしばらく様子を見たそうなんですよ。誰かが
このことで曲を出すはずだと。しかし誰も出さないから「こういうことで誰も反応しない
日本なんてあり得ない」と思って発表したと。

彼の発言の中でも、特にこのラインですね。件のLITERAでも引用されていますが、ここに
今一度MUSICAでのSKY-HIの発言を引用します。
「人前に立って、人の人生の時間をもらってライヴやったり音楽作ったりしてるってことは、
 その人が生きる社会の中にいかに自分がちゃんと存在できるか、その人の子供とかに繋が
 っていった時にいかに自分がいい形でバトンを渡せるかを考えるべきで。」

ええっと、前後はLITERAの記事でも読んでください。(理想的にはMUSICAを読んでほしい)

彼はHip Hopアーチストとしての矜持として(「ラッパーは社会を映す鏡」という発言もあり)
こういう意見を持つに至っているのかも知れませんが、私は音楽に関わるすべての人(アーチ
ストだけでなく、リスナーとかも)が、彼の考え方を吟味し、自分の立ち位置を今一度考える
べきだと強く願います。

しかも、彼が考えているのは今現在の音楽と社会だけでなく、音楽の未来というビジョンも
持っているところも特筆すべきです。私も昔「『音楽』といううねりの中で」という文章を
書きましたが(あれは著作権の文脈で書かれているので、まだ偏ってはいますが)その音楽も
社会とは無縁でいられない。もちろんエスケーピズムというか社会からの逃避という機能を
持つ音楽も存在しますが、それさえもそういう社会的な機能にどこかで自覚的であるべき
なんだろうと思いますね。

一方で、政治という領域に目を転じると、昨日選挙がありましたけど、あまりに選択肢がない
というか、どこに投票したらいいのか困るなんて状況がありますよね。(もちろん特定の政党を
支持していらっしゃる方もいらっしゃるでしょうが)無党派層がこれだけ多いという現状は、
そういう政治不信というか、自分の意見を託せる政治家がいない、という深刻な悩みの反映
なんだろうな、とは考えます。

でも「民主主義において、政治家は民衆の反映である」という考え方もあります。つまり、
そういう「自分の意見を託せる政治家がいない」というのは、私達自身に責任があるという
ことなんですよ。

それに対して「だから選挙には行くべき。消去法でいいから投票すべき」と意見する人もいる
でしょうが、もちろんしないよりはした方がいいに決まっていますが、それを言い立てるのも
ちょっと違うよなあ、と最近考え始めているんです。いざ選挙になって「入れる政党がない」
と嘆いても遅いわけで、もっと普段から政治について意識的であるべきなんですよ。

もっと色々と勉強すべきだし、自分の意見を発信するべきだし、もっと言えば議論をすべき
なんですよ。議論ということは、色んな意見を投げかける人に対して足を引っ張らないと
いうか、炎上みないなことはもっての他なんですよ。(私は最近、ネットも自動車みたいに
免許制にすべきじゃないの、とすら思ってしまいます。そうすると、炎上押させる人は
使用停止にする。炎上というのはそれくらい罪なんだと、最近思うようになっています)

私は常々、せめて音楽の世界くらいは風通しの良い世界であってほしいと思っています。
それだけでなく、音楽にまつわる色んな政治的な問題についても、もっと色々発信し、議論を
起こしていくことが、音楽の未来にとって必要なのだと、日高くんに教えられた気がします。
微力だけど、頑張らないとね。
posted by なんくい at 19:27| Comment(0) | 表現の自由と差別 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする