2017年07月31日

《リニューアル》当ブログはファンキー末吉さんを応援します!

このブログ「ドレミファソランド」は、音楽が好き過ぎる私なんくいが、
音楽に関する様々な事項を取り上げております。色々な連載がありますし、
それぞれが興味を持つことを勝手に読んで下さって結構なのですが、それを
読んで興味を持って頂けるなら、是非とも現状の音楽に関する重要な問題に
目を向けて欲しい。そう願ってトップページを2014年1月からこの形式にしております。
(一審の判決が出るか、別の大きな動きがあるまではこの形です)

それは、著作権の問題です。

最近、TPPで著作権の問題がニュースにもなり、一部でにわかに関心を持たれて
いますよね。この問題についても論陣を張りますし、ささやかながら広めていく
ための試みもやっていこうと考えています。(その件に関しては、本文の末尾を
ご覧ください)それと同時に、著作権に関しては表題にあるファンキー末吉さんの
裁判の問題を、避けては通れません。

ファンキー末吉さんは現在、JASRACに訴えられて裁判で係争中です。その詳しい
経緯は支援の会のHPなどに詳しいです。私もこの問題については裁判になる前に記事
書いています。この問題は、JASRACによる著作権料の分配方法に疑問を持った
ファンキーさんが、その透明性を求めているものです。(それが何故JASRAC側から
訴えられるのかは、HPで経緯をご覧下さい)この問題は音楽文化全体を考える上でも
重要な意味を持ちます。そこで、皆さんにお願いしていることは先ず3つです。
 ・先ずはファンキーさんを支援するための「募金」(こちらに方法があります)
 ・この問題や、関連する問題も含めて深く知ること
 ・この問題を、他の人に伝えること(いろいろあるのでお任せします)
  ↑Twitterなどで拡散するのも一つの方法でしょう。関連記事を私に教えて下さるのも
   助かります。このページの追記などで紹介します。
この記事の後ろの「ファンキー末吉支援者の会」のバナーの後ろの「続きを読む」を
クリックして頂くと、この記事の履歴や関連記事などを紹介しています。そちらも
読んでいただけると、より深く知っていただけると思います。

そして。2014年12月に新たな試みがスタートしました!
RIS:演奏曲目入力システム|日本の音楽これで委員会
こちらの説明の方が分かりやすいかも知れません。
「演奏曲目入力システム」をはじめます!

裁判の支援を通じてJASRACの問題点を告発していく、いわゆる「ダメ出し」的なアプローチ
(これも大事ですよ!)だけでなく、その問題点を補う建設的な試みをしよう、という
新たな動きになってきているんですよ。その可能性についてもいくつか記事を書かせて
頂いています。(追記をご覧下さい)

さらに、この裁判を支援しようということで、私曲を作りました。詳しくはこの記事を
ご覧頂きたいです。
ファンキー末吉さん支援ソングを「みんなの歌」にしてください!


つまり、音楽を使って楽しむことで、裁判を支援するという新しい方法の提案です。何か
面白そうだなあ、という方は是非ご参加ください。それがJASRACや関連団体を変えて
いくことや、ひいては音楽文化をより豊かにしていくことだと信じます。

ついでに。20147年4月から結婚式で音楽をかけると使用料が徴収されます。その経緯などは
このリンクを読んで頂きたいのですが、この事実にも風刺ソングという方法で対抗します。
ISUMマンセー・ソング完成しました!

さらに、TPPの問題についてもこのページから最新情報を得られるようにしておきます。
是非、世論を盛り上げて「著作権の問題」を私たちの手に取り戻したい。そのために
TPPに関連する運動も、非常に重要性が高いと私は考えております。

音楽っていろんな楽しみ方の出来る深いものです。その楽しみを多様に味わっていただく
記事が以下に続きます。その楽しみ一つ一つも、この裁判の問題とつながっていることを
心の片隅に置いてもらえると、大変ありがたいです。

fs_support200_100.jpg続きを読む
posted by なんくい at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月21日

祝30周年!エレカシの極私的30曲(24)ジョニーの彷徨

久々のエレカシです。今日はアルバム「昇れる太陽」からお送りします。

前作「STARTING OVER」は非常にポップなテイストのアルバムでした。バラエティに
富んだ曲調ながら、エレカシ表通りという印象。それに対して「昇れる太陽」は
いきなりヘビーな「Sky is blue」で始まるように裏通りなエレカシも聴ける。
かと思えば、シングル曲はポップだったり前回紹介したビッグバラード「絆」も
あったりと、表も裏も網羅している。つまり、全方位的なアルバムなんです。

これまでのエレカシはアルバムごとに明確なカラーがあるというのが特徴でした。
それは、その時々の宮本さんのモードに依るところが大きいのですが、そういう
アルバムごとのテイストの違いを楽しむというのがエレカシファンの嗜みでした。
ところが、エレカシのトータルな姿を1枚のアルバムに閉じ込めた、という意味では
この「昇れる太陽」は初のアルバムと言えるのではないでしょうか。いや、ディスコ
グラフィー的に見ても、この「昇れる太陽」と次作「悪魔のささやき〜そして、心に
火を灯す旅〜」くらいでしょうね。確かに、私自身エレカシを知らない人にプレゼンする
場合、この2枚のアルバムをおススメするでしょう。

「悪魔のささやき〜」についてはまた述べるとして、「昇れる太陽」は多様なエレカシが
堪能できつつも、決して散漫な印象を与えない。アルバムとしての流れがいいんですよね。
特に、後半のヘビーな曲が続く流れが、ヘビーながらも色んな表情を見せてくれ、それが
10曲目の「to you」で霧が晴れたような風景に着地する辺りは見事。(でも絶妙に重さが
残っている感じもサイコーなんですよ)

その中でも異彩を放っているのが、今回紹介する「ジョニーの彷徨」これはアルバム「Good
Morning」の別の形での進化形といっていい名作。以前に「good morning」でやりたかった
ことをバンドで実現したのが「DEAD OR ALIVE」や「俺の道」辺りのアルバムだと書きました
けども、それがポストロック的なテイストを突き詰めたら「ジョニーの彷徨」になると
言えましょうか。

とにかくブレイクビーツ的な打ち込みのドラムサウンドが耳を奪う。Bメロでの変拍子的な
リズムトリック(3〜5拍という分け方をしてるんだよね)も非常にハマっている。おまけに
間奏のギターも加工されていたりボーカルにエフェクトがかかっていたり。そういうこと、
これまであんましやっていないから、非常に新鮮でしたね。

この曲に限らず、全体的に言えるのは、非常に制御されたプロっぽさを感じます。これまでの
エレカシは全身でその時々のモードになり切っていた。それに対して、トータルなエレカシを
見せようという意志の元、一つ一つの表現が選び取られているという印象を受けました。
もちろん一つ一つの表現も非常に強度はあるのですが、アルバム全体を聴いた時に残る重い
手ごたえ。それが最大の聴きどころだと私は思います。

次回は2回分、次作「悪魔のささやき〜」からお送りします。
posted by なんくい at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月20日

正しさだけじゃ何も動かない!

今日は著作権についての記事を書きます。最近は音楽教室の問題で何度か書きましたが、
その後で、反動的というかJASRAC擁護側のサイトの存在を知りました。
それに反論したい、というのがこの記事の趣旨なのですが、少々気持ちが重いです。

というのも、その反論の趣旨が、タイトルに書いた「正しさ」への疑義なのですが、
これは下手するとブーメラン的に時分に跳ね返ってくる事態になりかねない。自分だって
「正しさ」を盾に相手を批判することありますから。それに、ここで言いたいのはただ
対立だけしていてもイカンだろう、という趣旨のことなので、この人と対立したいわけ
ではない
んですよ。ましてや、批判をして留飲を上げたいわけではない。

でも、音楽を愛し音楽の未来を憂える気持ちは共有してくれるだろうと信じて、こちらの意を
汲んでほしいという願いを込めて、出来る限り分かりやすく書くつもりです。でも容赦は
しないので、非常に厳しい批判を書くことになります。おそらく、この方にとってはこれまで
食らったことのない批判でしょうね。私のようなスタンスの人は希少ですから。

ぐだぐだ言っていないで、件のサイトを紹介しましょう。mixiのページだそうです。
JASRACは僕らの町役場

いかがですか。非常に戦闘的なサイトですよね。「インターネット上での日本音楽著作権協会
=JASRACにまつわる逸話は99%が嘘」って、書いてるコチラもドキッとしますね。

でも、この99%ってきちんと統計取ったのか? そうでなければこの言説自体も「嘘」じゃ
ねえの? と、こういう断定的な物言いにカチンと来る性質の私は、そういう屁理屈を言いたく
なります。でもまあ、そういう細部に目くじらを立てるよりも、このサイトの主張に耳を傾ける
べきでしょう。

このサイトを書いている方は学校関係の方(先生?)だそうで、教え子を犯罪者にしないために
著作権に関する正しい情報を集めることから、こういう発信を始められたようです。

私自身も法治国家を尊重するという立場から、現状の著作権法は守るべきだと考えます。
ただ、それと(現状の)著作権法を無批判に受容するというのとは異なる、とも考えます。

というより、著作権法自体、ちょくちょく変更されているわけで、正しいといってもあくまで
その時点での話になっちゃうと思うんですよね。その辺はどうお考えなのかな、と感じます。

また、その著作権法の変更自体、著作権者の言い分ばかりが通るのが問題なのではと考え、
論陣を張っている、というのがこのブログでの立場です。実は、似たような立場で発信して
いらっしゃるプロの方に福井健策さんなどがいらっしゃいます。
骨董通り法律事務所

件のサイトの書きっぷりは非常に戦闘的で、逆ギレといっても差し支えないほど、JASRAC批判
に対して容赦なく反論しています。トップページの記事からして「デマ、嘘を拡散するのも
犯罪です」ですからねえ。さすがに言い過ぎだろうと思いますけど。(正義感が強い故こういう
強い調子で書かれているのでしょうけどね)

例えばこの記事なんか強烈です。
CDが1枚売れたときに

実際に、このテの誤解って多い気がします。おそらく著作権料の分配ということで言えば、
JASRACが取っている手数料は大したことないだろうなあと推察されます。(ただ包括して
取っているので、合計的には膨大な金額になるでしょうが)

ただ、ここではそういった分配の実際に話が行くのでなく(実際問題、もっともお金をもらう
のがレコード会社や流通と明記してあります)レコード会社などがたくさん取ることの理由、
つまり正当性を書いているわけなんですよね。でもそれ、正しさ云々からズレてません?

ここでの議論が苦しくなるのは、実際の数字の話が出来ないから。私もいくつかは聞いたことが
ありますが、伝聞ですし昔の話だったりするので、正確に今どのくらいの分配率なのかは判然と
しません。(契約によっても異なる部分もあるでしょう)そのことに対する、業界側の言い分を
この人は書いているに過ぎないんですよ。(それはそれで、意味があるとは思いますが)

この辺については、どのくらい暴利をむさぼっていて、どのくらいが正当な取り分なのかは、
実際の契約を見てみないと何とも言えないわけですよ。私の見立てだと、どんぶり勘定的な
昔の商習慣が現在の音楽業界では残っていて、ただそれも時代に合わなくなってきているのでは
ないかなあ、というところなんですが。

その辺の細かな契約事項は、当事者以外は関係ないことですが(ただ、昨今の芸能界のブラック
な契約事項が色々ニュースになるのは、全体的にはいい傾向だと思います。エンタメ業界全体で
やっぱり色々変えていかないといけない時期なんでしょうね)いくら正しく著作権者に分配
されていると強弁しても、ある程度の透明性は確保されないと説得力は持ちえない。それは、
このブログでも散々発言している通りです。(それに、その透明性が思わぬ副産物を生むという
提言も、他方で行っています。最近、私は「JASRACとオリコンが合併」という試案を持って
いるんですよ。検討してくれないかなあ)

要はこの人、トップページに「JASRAC信託者(中略)音楽事業者からの正しい情報のみを掲載して
まいります」と書いてますが、その結果、権利を持っている人の御用聞きになってしまっている
んですよ。

当然、そういう関係者は著作権法を熟知していますから、法的には正しい情報を得られる
でしょう。ただ、この人が依拠している「正しさ」って、所詮その程度のものなんですよ。
著作権への批判があったとしても、それに対しては権利者の側からしかモノが言えない。

著作権の未来を考えるためには、当然それだけではダメで(その理由は後で書きます)著作権法
の成り立ち、そしてもっと音楽の始原から未来への展望を基にする必要がある、というのがこの
ブログの立場です。だから、テクノロジーの進化なども考察の対象になるわけです。

話をより本質論に進めます。このサイトの主は「ネットでのJASRACをめぐる言説は99%ウソ」
と断じて、正しさを盾にウソ情報を斬りまくっています。その「正しさ」の浅薄さを先ほどは
批判したのですが、それ自体はいいんですよ。本質的な問題は、そんなことをして何になるんだ
ということ
なのです。

もちろん、正しい情報は必要だし、教え子を犯罪者にしないという志は立派です。ただ、
こういう高圧的な調子でJASRAC批判に対抗しても、相手が「分かりました私が悪かったです」
と反省するとでも思っているのかね?(だとしたら相当おめでたいよ)

何故そういうことを言うのか、については私のこの記事をご覧いただきたいです。
録音技術が変えたもの#15CCCDがもたらしたもの

要は今のJASRACをめぐる言説の不幸は、相互不信になってしまっていること、なんですよ。
JASRACは分かりやすく悪玉になっていますが、応援したいミュージシャンの裏に業界の
エライさんがいる、というのは詳しくない人でもうすうす感じ始めている。

そんな状況下で「正しい情報」と称して、業界側の御用聞きみたいな意見を高圧的に展開
したって、対立をあおるだけですよ。それともこの人は、本当は音楽なんて愛していなくて、
それよりも自分の「正しさ」に酔いたいだけ
なのではないか、とすら思ってしまいます。

私は、JASRACや音楽出版社側の人が取るべきアプローチは、その対立を解消する方向での
アプローチ
だと考えます。例えば音楽出版社なら、ミュージシャンの敵ではなく同士なんだ
という方向での発信を、上手に行っていくことでしょう。(実際にそうなのですから、決して
難しいことじゃないはず。一番は、業界のエライ人が自ら発信することだと思いますね)

結局、音楽の未来のために、今こそ立場の違いを超えて、風通しの良い議論を行っていく
べき時期
なんですよ。そのために、批判はたくさんあって然るべきだし、その批判に対して
誤解なら解いていくことは有効です。要は、より開かれた議論のために情報を発信する、と
言うのなら、この方向でも全然OK
なんですよ。現状の著作権法ではこうなんですよ。そして
著作権者の立場からはこう考えるんですよ。それを、やさしくかみ砕くサイトには、断然
意味があります。(そして、学校関係者らしく、説明の手際は上手です)

ただ、前の記事にも書きましたが、JASRACを批判する側の人は、現状の著作権法に依拠して
批判しているわけでない。むしろ著作権法に批判的なんだ、ということは頭に入れておくべき

でしょう。その上で、より良い著作編法にしていくために、議論をしていくべきなのです。
著作権法を変えていくのに、現状は一部の権利者の声ばかり反映される仕組みですから。
(もっとも、それ以上に声を上げない我々ユーザーの問題も大きいのですが)

どうか、このサイトの方(や、JASRAC擁護の論陣を張る方)は、より広い視野と寛容な心で発信
を続けて頂きたいです。音楽の未来が先細りしていくことが、私の最も憂えることですから。

私の今の気持ちを一番よく表している曲を最後に貼ります。(クリエイティブ・コモンズ音源
です悪しからず)音楽を愛しているのなら、この気持ちを分かってくれるよね!
雪のために花が散るなら
posted by なんくい at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする