2018年09月30日

音楽の「中」へ、音楽の「外」へ

当ブログは2013年5月に始まりました。そもそもはDTMがはかどらない私なんくいが
見切り発車的に始めたブログなんですが、徐々に色んな企画を始めるようになって
きています。その方向性を要約すると、この記事のタイトルになります。

私はDTMerを志している(ちょっと開店休業状態ですが・・・頑張ります)こともあり、
音楽の作りかについては一応それなりの知識はあります。その知識をオープンにする
という目的で、音楽理論などの記事を書いてきました。しかし、これはブログで記事を
書くことで分かってきたことですが、音楽を作るという目的以外にも音楽理論に需要が
あるようなのです。つまり、音楽をより深く理解するために音楽理論が助けになる。

私はそもそも、音楽を作ることと聴くことを分けたくないと思っています。もっと気軽に
音楽を「作る」とまではいかなくとも、その手前の行為に親しむようになってほしいと
思っていますが、それは段階的に進めるべきだろうなあとは考えています。ただ、
音楽理論などで、好きな音楽をより深く「理解」しようとする試みは、その一歩に
なると思っています。

そんな私の思いを今回「音楽の「中」へ」という言葉で表現してみました。人が音楽を
気に入る時は、その音楽の中に入り込むことが出来た時なのではないかと最近思います。
この詳細はいずれ書きますが、音楽の「中」に入り込むことを助けるコンテンツを充実
させたいなあと思います。

それと同時に、音楽の「外」へも目を向けたいと考えています。自戒を込めて書きますが、
音楽好きは音楽を社会から独立させて考えるクセがあると思います。しかし、音楽を
初めとするエンタメコンテンツは、社会と独立して存在することは出来ません。

ですから、私達の好きなものを守るためにも、音楽の「外」にあるものにも関心を向けて
いきたいなあと考えています。と言いつつも、地に足をつけることも大事。音楽好きに
とって、音楽と社会との接点で問題になる主たるテーマは「著作権」と「表現の自由」の
2つのテーマだと考えます。これらについても、このブログの大きな柱として記事を
書いております。

そういう趣旨で展開しているブログです。末永くよろしくお願いいたします。
posted by なんくい at 00:00| Comment(0) | あいさつ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月02日

バニラビーンズ「帰国」するってよ

ショッキングなニュースが飛び込んできました。

バニラビーンズ10月に解散、ラストワンマンと感謝祭で11年の活動に終止符

ベビレ、ベボガと最近解散の報が相次いでいますが、
私としてはバニビの「帰国」(←宇多丸水産で決まった
バニビ解散の表現)はショックです。色々あったしね。

ただ、最近の彼女達は「開店休業」状態(タワレコ全店制覇
というイベントはやってたけど)でしたし、ちょっと覚悟して
いた面もありました。ただ、タレント活動としては順調に
見えましたし、このままタレント活動にシフトしていけば
いいのかな、と感じておりました。そう甘くはないんだね。

解散の事情については掟ポルシェさんがインタビューして
いるナタリーの記事があります。

バニラビーンズ ラストインタビュー
兄貴分・掟ポルシェが聞く解散の真相


これを読むとかなり事情が分かるというか、仕方ないなあ
と諦めもつくところもあります。これでヘンな憶測とかは
出ないよね。

これに補足しておくと(水曜The Night情報)事務所も
解散するそうなので、完全にフリーになるとのこと。
そして今現在もマネージャーがいないらしいことも!
そういう話を聞くと、レナさんはともかく、リサさんが
芸能活動を続けるかどうかは分からないですね。

とにかく、9月に出る最後のシングルは買いますし、
最後まで応援し続けるつもりです。「帰国」に関しては
しかと受け止めたと言うしかないでしょう。

このブログ的には、まだ果たせていない約束(楽理解説
ですね)がありますので、「帰国」のタイミングまでに
なんとかしようと思います。そしてバニビの功績をちゃんと
総括する記事も書きたいですね。

悔しいとか悲しいという気持ちも当然ありますが、それ以上に
ここまでよくやったとねぎらいたい気持ちが大きいです。
物事には必ず終わりがあるわけですし、ここで愚痴とか
湿っぽいことを書くのは彼女達も喜ばないでしょうから。
楽しく彼女達を送り出してあげましょう。

以上、取り急ぎ記事にしました。
posted by なんくい at 06:33| Comment(1) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月29日

洋邦楽理解説・温故知新#7 ゆず「夏色」

毎月恒例の楽理解説。今回はゆずの誰もが知ってる曲です。

ゆずが登場した時、フォークというのは完全にザサい存在だったんですよ。
サニーデイ・サービスが「フォーキー」と言ってフォークのテイストを
入れるのだって「あえて」感があって、しかもしれはオルタナティブな
感性のフィルターを通して導入されたもので、あえてまんまフォークを
導入するのとは違っていたんですね。

ましては路上で弾き語りをするなんて完全にアウトの行為。この前ごろから
いたのですが、ほぼほぼ無視されていたというのが正直なところでした。

ゆずの登場はまさにその状況を変えてしまったのですが、彼ら自身はそういう
「フォークがアウトであった」時代の痕跡を残しながら登場したなあという
見立てを私は持っております。

今日的な視点から見れば、ゆずのお二人は類まれなソングライターであり
楽曲の作り手として非常に達者であることは周知の事実なんですが、登場した
当初は非常に半信半疑だったことを記憶しております。そして二人の作る楽曲
(特に北川悠仁の方)に、そういう状況を逆手に取った表現が散見されると
私は考えております。

というわけで、この彼らの代名詞となった「夏色」について分析を始めたいと
思います。この曲は非常にハイセンスな部分と、あえて拙く聞こえる部分が
混在していて、それが曲の表す世界観と非常にマッチしていることが、思わぬ
感動を生むという造りになっているわけです。

それを具体的に見ていきましょう。ギターのカッティングから始まるイントロですが、
2小節分のカッティングはE♭とB♭を奏でていて、いわゆるE♭のパワー・コード
ですね。ただ、それをアコギで奏でているので、音としてショボくなっているわけです。
ただこのショボさも当然狙ってやっているわけで、ショボさと同時に清涼感を与える
効果も担っています。

そこに続けてバンドが本格的に入ってくるのですが、それも音圧を抑えめにしてその
清涼感(やショボさ)を壊さないように注意深く音を重ねているという印象です。
彼らのような弾き語りで世界観を作ってきた人達がバンドサウンドにするというのは、
その世界観を壊しかねないと、デビュー当初は非常に慎重になっていたそうです。

さて、バンドが入ってからのコードですが、これはAメロを先取りしたものとなっています。
なので、イントロとAメロを同時に表記しますね。
  イントロ:|E♭・A♭|Cm・B♭||E♭・A♭|Cm・B♭|A♭|B♭|

  Aメロ:|E♭・A♭|Cm・B♭||E♭・A♭|Cm・B♭|A♭|B♭|E♭|
      |E♭・A♭|Cm・B♭||E♭・A♭|Cm・B♭|A♭|B♭|2/4 E♭|

ほぼほぼ同じコードでしょ。これは基本的に前半と後半に分かれますね。前半は一→四→六→五
というコードを2回繰り返しています。私はこのコード進行自体をブログで記事にしたことも
ありますが、少しつたない感じのするコード進行ですね。それを狙ってここで使っている
わけですね。そこに後半は四→五と来て一に戻るというコード進行。これも典型的過ぎる
コード進行ですね。それでもイントロでは3・3・2というリズムを導入したりして少し
お洒落な感じを出しているのも味になっています。

そしてここに乗っかるAメロですが、非常に平坦な、言ってみれば棒読み的なメロディ。
よく聞くとCmの辺りのメロディがユニークなせり上がり方をしていてフックになって
いるのですが、全体の印象としては字余り的な、平板なメロディというものでしょう。
そしてそれがフォークっぽさを際立たせているわけですね。

そして最初の四→五→一のところは3小節となっているのですが、それも巧みな省略と
いうより(実際は非常に巧みなんですが)少し拙い印象を与えるように作っています。
全体的に、歌詞の印象も相まって、少しイケてないおとなしいあんちゃんが歌っている
ような印象を醸しているのです。

その印象を心地よく裏切るのがBメロなんですが、その前にAメロの最後ですね、ここがなんと
4分の2拍子。半小節分省略しているんですよ。そしてそれが次のBメロのアウフタクトに
なっているという。ここでの微妙なリズムトリックがBメロの飛翔をおmたらしているという
意味で、ここでいきなり、非常に巧みな面を見せている(ただ分析しないと気付かない形で
ですけど)わけです。

そして飛翔するBメロはこうなっています。
 |G|Cm|G|Cm|A♭|Fm|F7|B♭7|

Aメロで棒読み気味だったメロディがここではっきりした動線を描くようになります。コードも
六の和音(Cm)の副五(G)という非常に輪郭のはっきりした、色っぽいコードを使うんですね。
ここでグッと世界が広がる印象を与えつつ、歌詞が「大きな五時半の夕暮れ」ですよ。これが
非常に鮮烈な印象を与えるんですね。

そして後半のコードもFm辺りで落ち着かせつつ、また副五を用いて艶っぽく彩る。ここで
特筆したいのは最後のB♭7のところのメロディですね。最初の最高音Cはベースの音に対して
9度ですし、最後のE♭は11度。ここはユーミンコードを用いてはいないですが、メロディは
ユーミンコード的といっていいですね。非常にオシャレな着地点で、グッと曲自体の色気を
増しているんですね。

ただそれも、後半のメロディが少しAメロ的な字余り的メロディに戻っていて、そこから再び
飛翔するような動線を描くので、拙く聞こえるところと鋭いところが混在している。それが、
このBメロで歌っていることに説得力を与えているんですね。ここでただオシャレになっても
嘘臭いですもんね。ここで歌っていることは、普遍度の高い、つまりありきたりになりがちな
内容なんですが、それを鮮烈な印象を持って聴かせることに成功していると思います。

そしてサビですね。これもユニークです。先ずコードはこうなっています。
 |E♭・Cm|A♭・B♭||E♭・Cm|A♭・B♭|Gm|Cm|A♭・A♭m|

前半はAメロを模した、そして後半はBメロを模したコードになっています。が、実は少し
違います。前半は一→六→四→五。四と六が反対になっています。こちらは下降形でより
自然に聞こえる、少しポップスの王道感を与えるコードです。その色気を与えるCmの
ところでメロディがシンコペーションを奏でていて、曲にスピード感とオシャレ度を増す
働きをしている。

そして後半のコードはGでなくGmを使っている。そしてA♭の後にA♭mとここも
マイナーに転換している。ここで少し控えめな味を出して、曲に丸みを与えているん
ですね。同じお洒落でもシャープな印象を与える箇所と、陰りをつけて膨らみを与える
箇所とを、上手に使い分けています。

そしてここから再びイントロのコードのところに戻って2コーラス目が始まります。

いかがでしょうか。非常に巧みですよね。ここで指摘したBメロ前の4分の2拍子は、
この曲がリリースされた当初、近田春夫さんが指摘していて「ポール・サイモンばりの
巧みさ」と評していました。このブログでもポール・サイモンは「僕のコダクローム」を
楽理解説していますので、こちらも読んで比較してもらえるといいかも知れません。

後は2コーラス後のブリッジですね。ここはサビの後、E♭のコードを2小節の後
 |A♭|Fm|F7|B♭7|B♭7|
となります。

ここもAメロのような棒読み字余りフレーズで畳みかけるのですが、この曲の世界観にすでに
ヤられているリスナーは、既にこういう節回しがクセになってきているんですね。そこに、
Fm→F7というBメロでも登場した、輪郭のはっきりしたコード使いが現れ、それに応じて
メロディも半音ずつせり上がるようになっていて、気持ちをグッと持っていかれるように
仕向けられているんですね。そこに乗っかる歌詞が、優しい言葉だけどありきたりな感じ
なのも絶妙なバランスなんですよね。そういう拙っぽいところが曲に説得力を与えつつ、
普遍性に昇華出来ている。非常にバランスが取れていて、そりゃあ一気にヒットするよなあ
と思いますね。

そして最後のサビは、一行返しという、「ゆっくりゆっくり下ってく」の箇所を3回繰り返す
という形で余韻を出しています。そしてイントロのコードを使ってアウトロになるのですが、
そこに少しかかる程度にボーカルが一節加えている(ウーと言ってるだけですが)のも
ほど良いシツこさでいい感じですし、最後の最後が、A♭→G→F→E♭と降りていくの
ですが、最後のE♭のコードでナインス(Fの音)を強調してオシャレに終わっているのも
特筆ものですね。最後をオシャレに終わっておくことで、フォークっぽいダサさを漂白して
いるというんですか。ふんだんに70年代フォークの語彙を使っていながらダサくならないのは、
こういう絶妙なバランスによるんでしょうね。

いかがだったでしょうか。この曲はメディアに仕掛けられたというよりも、本当に口コミで
広まった感じの、本当の意味で流行った曲だと言えるでしょう。そういう曲にはそれ相応の
インパクトと普遍性という両輪を兼ね備えていることが、少しでも伝わればと思います。

次回は洋楽。フジ・ロックでも健在ぶりを見せつけたFishboneに行きます。代表曲である
「Fight The Youth」をやりましょう。知らない人は、事前に聴いておいてくださいね。
ラベル:楽理解説 ゆず
posted by なんくい at 23:08| Comment(0) | 音楽理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする