2017年01月31日

サブスク時代の洋楽楽理解説 #12 U2「Pride (In the Name of Love)」

今回も大物、U2を楽理解説しますよ〜!

アイルランドが輩出した世界的バンド、U2。このバンドも非常に語るべきことが
多い、エピソード満載のバンドでございます。色々書きたいこともあるのですが、
それに言及していると肝心の楽理解説がかすんでしまうので、以降の楽理解説の
参考になるエピソードにとどめます。

U2というバンドは、ドラムのラリーがバンドメンバー募集の張り紙を出し、それを
見て集まってきたメンバーによって結成されました。ところがバンド結成時はそのドラム
以外は、ほぼ楽器初心者という状態だったそうです。これは、各々のメンバーがU2という
バンドの中で上手くいってきたということを意味します。その意義、お分かりでしょうか。
つまり、彼らの演奏には当初からアンサンブルという要素が抜きがたく埋め込まれて
いたということ。彼らの独特なフレージングは、そういったアンサンブルを念頭に置いて
楽器を修練してきたからこそ生み出されたもの、なんだそうです。(という話をはるか昔に
読んだことがあります)

U2というと多くの皆さんが頭に思い浮かべるのはギターの細かいパッセージ。かの泉谷しげる
さんも代表曲「春夏秋冬」を80年代にリテイクしたときにはU2っぽいギターをフューチャー
しておりました。バンド仲間なんかでもギターで16分音符の細かいカッティングやフレージング
をする際に「U2みたいに」なんて符牒が飛び交うくらい、代名詞になっております。

今回、楽理解説する「Pride (In the Name of Love)」もそのカッティングがたっぷり
味わえる曲となっています。この曲は、ご存知の方も多いでしょうが公民権運動をけん引した
キング牧師のことを歌った曲であります。当時はまだKKKのような差別団体が幅を利かせて
いた時代で、U2もこの曲を歌ったことで脅されたりしたそうです。(さて、これからの時代
どうなるんでしょうね)

いかん。ついつい語りが入ってしまった。今回はあくまでも楽理について語りますよ。
知らない人もいないでしょうが、一応貼っておきますね。



私が彼らを知ったのはこの曲からでした。実に不思議な曲だなあと聞けば聞くほど
感じたことを思い出します。私が不思議に感じたことの一つは、16ビートなのに
非常にゆったりしたビート感を感じるということ。ところが、よくよく聞いてみると
ドラムもベースも基本8ビートなんですよ。16ビートと感じるのはエッジのギターが
あるせいで、リズム隊は基本エイトビートを奏でている。しかしもっとよく聴き込むと
リズム隊もただの8ビートでなく端々に16ビートのニュアンスを感じさせる。それこそ、
先ほど言及したアンサンブルを念頭に置いてフレーズを組み立てているから、なんですね。

その16分のニュアンスということを少し細かく見ておくと、ドラムのフレージングは先ほど
から申し上げている通り8ビートなんです。キックが1拍目と3拍目、スネアが2拍目と
4拍目に置かれ、ハイハットが8分を刻む。ところが3拍目に少し16分のニュアンスが入る
んですよ。具体的にはキックが16分の裏に入る。つまり「ドン・タン・ドッド・タン」という
リズムになっている。さらに偶数小節には4拍目の表の裏(16分で4つ刻んだ2つめ)にも
キックがハイハットのオープンの音と共に入る。「ドン・タン・ドッド・タチー」ですね。
この「チー」がアクセントとして非常に利いているんですわ。

リズムについてはこれくらいにしておきましょう。ギターの性急なカッティング(これも後で
見るように自在な表情を見せる)に対して悠然としたリズム隊。この対比が一筋縄でいかない
深いニュアンスを与えているのだと考えます。

では、音の分析に入っていきます。冒頭の部分からギターの4度によるカッティングが印象的
なんですが、気を付けて聴いて頂きたいのはベース。ここでずっとAの音を奏でているんです。
これにより、ギターのフレージングが意味を持つように出来ているんですよ。

そのギターは下から順にB〜E⇒E〜A←A〜Dとなっています。それぞれBからE、EからA、
AからDと4度で積み上がっているんですよ。4度というとサス・フォー的な曖昧性をニュアンス
として持つのですが、ベースのAに対してはBが2度、Eが5度、Aが1度、Dが4度とそれぞれ
普通に響くのですが、この4度のフレージングにより、不思議なコード感を醸しているのです。
最初のB〜Eはサス・ツー(A〜B〜E)、次のE〜Aはパワーコード、最後のA〜Dはサス・
フォーと、それぞれに曖昧なニュアンスを出し、どこへ行くのか分からない印象を聴き手に
与えています。

それに続いて有名なギターのカッティングのフレーズに入っていくのですが、ここでコードが
変わります。というよりこの曲は基本ずっと以下の4小節のコードが繰り返しになるのですが。

 |B|E|A|F#m|

細かく言うと色々あるのですが、その解説は後で行うとして基本はこういうコードです。
Amajorで言うと二→五→一→六というコード。いわゆるツー・ファイブのコード・パターン
ですね。いわゆるポップスでよく使われる、色気のある循環コードであります。

さらに最初の二の和音が(おそらく)メジャーになっている。これは副五というやつで、
次のEへの推進力を強めている役目なんですが、次のEがどちらかというと属7でなく
メジャーセブンのニュアンスが強いので、そういった推進力よりもメジャーを連ねることで
匂い立つような色気を作り出そうとしているみたいです。

そして、そういったコードを作り出しているのがベースとギターなんですが、ギターの
方が非常に面白い音使いをしているんですよ。1〜2小節は全く同じフレーズで、ベース
だけが動く。具体的には、ここではF#〜BとE〜Bを行ったり来たりしている。上のBは
動かずに下の音が動くというのも面白いのですが、バックのコードとの効果も注目です。
最初のBのコードにたいしてはF#(5度)〜B(1度)とパワーコードになっていて、次の
E(4度)〜B(1度)はサス・フォー的。つまりここは曖昧な感じにあえてしていて、
明確にコードの色を出していないんですよ。

次のEのコードに対してはF#(2度)〜B(5度)とサス・ツーあるいはアド・ナイン、と
ここは少し豊かなコード感を出しますが、続いてE(1度)〜B(5度)とパワーコードに
なる。ここも曖昧なコード感を出していると言えますね。ここで面白いのは、ギターと
ベースの音が当たったり当たらなかったりしているところ。彼らはアンサンブルによって
フレーズを組み立ててきたので、例えばベースが3和音のある音を奏でていると、ギターは
他の2つの音を奏でる、のようなフレージングを基本としているのですが、もうこの時期に
なると、あえてベースとギターの音を同じにしてコードの構成音を少なくしたり、なんて
芸当もするようになっているわけです。しかも、ただ同じ音を当てているだけでなく、
その当て方も巧みですよね。

続いての2小節もギターはほぼ同じフレージングをしている。Aのコードに対してギターは
E(5度)〜A(1度)とE(5度)〜G#(7度)を行ったり来たり。今度は上の音が動いている
わけですね。そしてコード的にもパワーコードからメジャーセブンという明確な色を持った
コードを垣間見せる(パワーコードと交互に見せるのも巧み)わけです。そして最後の
F#のコードに対してはF#(1度)〜A(3度)とF#(1度)〜G#(2度あるいは9度)と
いうギター。3小節目と比べて下の音がEからF#になっているのですが、これEのまま
だと7度の音になって豊かなニュアンスが出るのですが、あえてそうせずにベースの音に
当てている。ここは、あえて豊かなコード感を出さないようにしているのでしょう。と
いうのもここで3度という音でマイナー感を出し、さらにナインスのニュアンスも出している
ので、そこに明確な音が加わるセブンスの音を避けているのだと考えます。

さて、こういったバックの音の上にボノのボーカルが乗っかるのですが、そのフレーズは
変わらずにボノのボーカルのニュアンスでバース〜コーラスの対比を作り出しているわけ
です。コーラスのシャウト、熱いですよね。

ところが、2コーラス目のバースでは、かのカッティングを止めて8分音符でアルペジオ
的なリフを弾くんですよ。ここでゆったり感を強調している(16分音符の性急さが消えますから)
のですが、それプラス音もユニークなんです。ここのギターは「E→D#→B」というフレーズを
奏でているのですが、これはボーカルのフレーズを先取りしているわけですが、それを
Bのコードのバックで奏でることで、ここにメジャーのニュアンスを作り出しているのです。
(ボーカルのフレーズはD#の音がEのコードに変わるところなので、メジャーセブン感しか
出ない)これが、先ほど言及した、副五というよりもメジャーによる色気という箇所です。
ただここも、その後のギターのフレーズが「E→B」とサス・ツー的なコードをなぞることで
コードの曖昧性は残しているわけです。コードのチラ見せ、と言いたいくらいですね。

そして2コーラス目のコーラスの後に、8小節のつなぎがあるのですが、ここも興味深い。

 |B|D|E|E|B|D|E|E|

という、まるでBmajorかと見まがうかのようなコード進行。それも古典的なニュアンスを
持つ。しかもここでギターも「D#→E→F#」(Bmajorで言えば「ミ・ファ・ソ」)という
フレーズを連呼して、短3度になるD(2と6小節目)で音がぶつかるのも、古典的なロケン
ロールっぽくてゾクゾクします。そして、ここでBmajorのニュアンスを出しておくことが、
以下の曲に深みを与えることになります。

この後、コードは元の循環コードなのですが、ギターのバックが少し変わります。といっても
歌に入るまでは例の16分のカッティングは聞こえているのですが、それにプラスされてずれの
ポリリズムのようなギターのリフが入ります。ここは、前半2小節はB→F#の繰り返し、後半
2小節はB→C#(一部Eに行ったりしますが)となっています。これもバックのコードが
変わっても同じフレーズを奏でて効果を変えるという手法ですね。例によって細かく見ていくと、
最初はBのコードに対してB(1度)〜F#(5度)とパワーコード、次のEのコードに対しては
B(5度)〜F#(2度)とサス・ツーあるいはアド・ナインになり、次のAのコードに対しては
B(2度)〜C#(3度)とメジャーのアド・ナインという明確な色を持ったコードになり、
最後のF#に対してはB(4度)〜C#(5度)と今度はサス・フォーと曖昧になる。

さらにこのバックに対してボノは「ん〜」とハミング的なボーカルであるフレーズを3回
繰り返します。その音は「E→D#→B」で、Bmajorでは「ファ←ミ→ド」というもの。
このD#の音は最初のボーカルの頃から現れていて、Eのコードにメジャーコード感を
与えたり、Bのコードにメジャー感を与えたりしていましたが、バックがAの時にも表れる
ようになるのです。このD#の音はバックのAのコードの真裏になるのですが、それよりも
AmajorにないD#の音が主和音であるべきAの和音で現れることで、Amajorであることが
疑われるようになる。つまり、調が多義的になるんですよ。と考えると件の循環コードは
Bmajorと考えると「一⇒四⇒♭七→m五」となる。最後の五がマイナーになるのだけBmajor
っぽくないですが、これも4小節目を曖昧にすることでやや中和されますね。

そう考えると、最初の16分のカッティングこそ4小節目がマイナーで明らかにAmajorなの
ですが、後半に挿入されるフレーズほど中立的あるいはBmajor的なフレーズで、調のありかが
あいまいになることが狙われているわけです。例えば最後のコーラスだけ「In The Name Of
Love」のところでハモリが入りますが、ここでもD#を多用していたりして、Bmajorの
ニュアンスを強めています。(Aのコードではハモらないのですが)あるいは最後のサビから
入ってくるかけ声のようなフレーズ。これも「E→F#」と「G#→F#」とF#の音が強調される
フレーズで、F#はBの5度なので、こちらもややBmajorより。

かといって、明確にBmajorだという主張はせず、あくまで調性を曖昧にするニュアンスに
留めて、この曲に得体の知れない奥行きを与えているところは巧みです。その辺りも、この
曲にずっと惹かれ続けた理由なのかも知れません。

次回も、超大ネタ。Nirvanaに行きます。これも代表曲「Smalls Like Teen Spirit」
にしましょう。お楽しみに。
タグ:楽理解説 U2
posted by なんくい at 11:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月25日

バラードのスネア特集

皆さん。「ダチーチーチ」最高ですよね!

何のこっちゃ分からんという方は、こちらをご覧ください。

第510回 「(ダ・チーチーチ!)」→「ウェ〜〜〜〜〜〜イ!!!」(2017年1月14日放送)【放送後記】


こういう音楽的に勉強になりつつも変態性の漂う企画って好きなんですよ。
そこで、この企画に便乗して、私自身の変態的な音楽趣味を開陳しようと思います。

皆さん。バラードは好きですか〜〜〜〜?

私は聞くのも作るのも大大大好きです。バラードの魅力って色々あると思うのですが、
実はバラードのキモってグルーヴ感だと思うんですよ。テンポがゆっくりな分だけ、
そのグルーヴをじっくり味わえる。

スネアフェチの私としましては、バラードだとその音色をじっくりと味わえるという
良さがあると思うんですよ。そこで、この記事ではバラードにおけるスネアの魅力を
紹介しようと思います。

最近ではあまりやる人が少なくなったんですけど、バラードでスネアというのは花形だと
個人的には思っています。それも、最初から現れるのでなく、1コーラスのサビとか
2コーラス目とかに満を持して登場するのが好き。例えばこういうやつ。




今はこういう音、思いっきりアウトかも知れないけども、好きなんですよ。今見れば
ちょっと笑ってしまう大仰な展開(でも楽理的にはちょっと高級だったりする)で
いわゆるすべてがベタですよね。いわゆるビッグ・バラードというか、スネアも
思いっきりエコーの入った、下品とも言えるくらいのミックスですけども。それが
スネア好きとしてはタマンナイんですよね。深みといいコクといい、バッチシ!

こういう音って、やはりハードロック系のバンドにいいのが多い。しかも80年代の
やつ。やっぱ、上手い人ってイイ音なんですよ。



これは、少しチューニングが低めでエコーも浅いんですけども、その分コクがあって
よろしいですなあ。スネアの音といっても色々あって、その違いを味わうのもオツなんです。

対照的なのがこれ。「ロッキー」関係の曲で有名なバンドです。



これは音が高めでエコーも強め。コクに欠ける(でもその浅さも味わい深い)分キレがある。



私、このドラマーの人好きなんですけど、それはこのスネアの音のセンスからも感じます。
ただ同じ人でも「Keep On Lovin You」では音が高めなんですが、この曲はちょうどいい感じ。
音の高さもエコー感も、ちょうどツボです。

「バシッ」という音のインパクトでは、やはりこの曲かな。



あのキッスにこんな美しいバラードがあるってことも驚きでしょうが、それだってこのスネアが
いいアクセントになっていると思うんです。スネアの凶暴さがロックバンドであることを主張
しているというか。そのバランスがタマンナイんですよ。

さた、皆さんボンジョビってどういうイメージを持っていますか。オルタナ的な価値を持つ
方にとってはダサさの極致みたいに思われているかも知れませんが、バラードに関しては
実は高級だったりします。少なくともガンズンやエアロスミス(この辺りはベタなバラードを
かましますからねエ。それが持ち味だったりしますが)よりも上質。



少なくともバラードに関してはセンスがいいというのは、この曲の生っぽさを十分に残した
ミックスからも感じられます。それにかなり高めにチューニングしてるみたいですね。
それがこの曲の繊細なリリシズムを邪魔しない。

比較のために、あとの両者の音も貼っておきますね。



ガンズンのは普通かな。悪くないけど、破天荒なバンドに不似合いなほどフツーのスネア。



これも、スネアは割と生っぽくて悪くはないんだけどね。

そろそろ〆に行かないといけないので、飛びきりのを紹介します。



この頃のThe Carsは音の空間的な処理に非常に定評があって、上質なオーディオ・システムで
聴けばその真価がより体感できるそうなのですが(ハイレゾになればどう聞こえるんでしょうね)
それはこの人工的な香りのするスネアの音のセンスからも伺えます。やはりミックスに長けた
人のスネアがいいんですかね。とすると思いつく人はジェフ・リンとなりますが、その関連で
究極のが実はあるんです。意外かも知れませんが、これです。



ジョンのデモから出来上がった「90年代のびーとるず」そんな夢の中の出来事みたいな
ことを「現実」にしているのが、乱暴と言えるくらいに大きな音で処理されたリンゴの
ドラム、と言えないでしょうか。乱暴といいながらもスネアの音はアタック感から残響音の
残り方まで絶妙と言える。(それにリンゴ特有のタメも感じられる!)ビートルズ関連では
貼れないですけどもポールのソロにいいのがあります。「My Love」とか好きですね。

実は私の好きなJim Keltnerが叩いた究極のバラードが貼れないなど制約もあったのですが、
私の好きなスネアがたっぷり紹介出来て満足です。でも、この特集どれだけ需要があるんだろ?
posted by なんくい at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月23日

稀勢の里が好きだという馬場俊英さんを紹介

こんにちは。スポーツ大好きななんくいです。(バレてる?)

稀勢の里関が待望の初優勝で世間は沸いていますね。本当、優勝のチャンスを
何度となく逃がし、ファンをがっかりさせてきた稀勢の里関(それ以上に本人が
悔しい思いをしてきたことでしょう)。それを乗り越えての優勝に、胸アツになる
というのも納得でしょう。

そんな稀勢の里関が、馬場俊英さんの「スタートライン」を愛聴している(だけで
なく、カラオケでもよく歌うそう)という話を今日知り、ちょっと泣きそうになって
しまって、永年温めてきた、馬場俊英さんについての記事をドロップします。

件の「スタートライン」ですが、公式の音源がないので、歌詞だけリンクを貼りますね。
馬場俊英さん『スタートライン〜新しい風』の歌詞

2007年に紅白歌合戦に出て歌った曲なので、知ってる方も多いと思います。ただ、この曲だけを
聴いてもピンと来ない人が、ひょっとするといるかもなので。そんな方のためのガイド記事
にするつもりです。

馬場俊英さんは1996年にソロ・シンガーとしてデビューします。当時から文学性の高い歌詞
(といっても高尚ではなく、市井の人の日常をすくい上げる優しい視点が印象的)には定評が
あったものの、ありあまる音楽的才能を誇るタイプではなく、生き馬の目を抜くような音楽
シーンでサバイブするのは難しかったようで(私も当時はご存じありませんでした)2000年に
メジャー・レーベルから「リストラ」されます。

この出来事が、彼を本質的に変えていくのですから、世の中分からないものです。

メジャーから切られても、馬場さんは自分のレーベルを立ち上げて、裸一貫で再出発を
します。聴くところによると路上ライブから出発したとか。この頃の曲を聴くと、以前の
馬場さんとは決定的な断絶が見られます。何といっても以前とは「声」が変わった。今の、
あの圧倒的な説得力を持つ声は、この頃に得たものだということが、経年的に聴けば
分かります。挫折とそこからの再生という彼の身に降りかかった出来事によって、
彼の声に「宿命」が刻印された、というべきでしょうか。

そして、以前から定評のあった歌世界も、人生の辛酸を舐めたことで深みが出たというか、
暗闇を知ってしまった人だからこそ、弱き者への底抜けの優しさに説得力が出たというのか。
よく「絶望を知ってしまった人は、いかにそこから立ち上がるかしか歌わなくなる」なんて
言いますが、彼こそそんな言葉が相応しいと思いますね。

そんなインディーズ時代の楽曲「ボーイズ・オン・ザ・ラン」をコブクロが取り上げたことで
話題になり、そこから再びメジャーと契約し「再チャレンジの星」と脚光を浴び、ついに
2007年に紅白歌合戦に出場するまでになります。今日の彼のブレイクは、コブクロがフック・
アップしたといっても過言ではなく、コブクロの二人(特に小淵さん)がゲスト出演して
我が事のように喜んでいる姿が、動画サイトで確認できると思います。(私は、ベストアルバム
のおまけについていたライブDVDで確認しました)

実は私が彼のことを知るのは、そんなブレイクの熱が一段落したくらいの頃で、従って
今まで書いてきたことも、後付けで知った知識に過ぎないのですが、私が彼を知った
頃の曲が、公式動画で見られるので、貼っておきます。



この曲だって、一発で気にいったわけでなく、だんだんだんだん、気になる曲になり、
今では大好きな曲になってしまいました。この曲の真価が少しずつ分かってきたというか。
しかし、このMVですが、下敷きにあるのは八木重吉の「草にすわる」なのでしょうか。

彼の、まくし立てるような歌い方が好きな方は、こちらをどうぞ。



いやあ。最高ですね! こういう歌を今も作って歌ってくれることにウレシくなります。
方々に毒づきながら、そんな様々な生き方を肯定する優しさがある。と思うのは私だけ?

彼の歌の真価が現れていると思える曲がこれ。鉄拳さんのパラパラ漫画も話題になりました。


いかがでしょうか。以上のことを踏まえて、是非「スタートライン」を聴いてみてほしい。
稀勢の里関が、何度も辛酸を舐め続けながらも「スタートライン」を聴いて自らを奮い立たせて
いた、という話を聞いて(それはちょっと大げさか)応援したくなりました。是非、稀勢の里関
には「弱さを知った強さ」を体現した名横綱になって頂きたいですね。続きを読む
posted by なんくい at 21:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする