2017年02月27日

サブスク時代の洋楽楽理解説 #13 Nirvana「Smalls Like Teen Spirit」

月1連載の楽理解説。今月はニルバーナですよ〜。

この連載も13回目。ということはもう1年やってるんですね。2年目もよりディープに
行きますので、よろしくお願いします。

で、今月はNirvana。グランジの象徴、いや90年代のオルタナ革命の象徴と言える存在
ですね。あまりに象徴的な存在になってしまって、あまり音楽的に語られなくなっている
きらいもありますが(文学的にはありあまるほど語られていますが)出てきた当初は
結構「音楽的に面白い」みたいな語られ方をしたんですよ。

彼らの音楽的特徴としては、バース〜コーラスの対比(バースで静かにやっていて、コーラス
で爆発するという手法)やパワーコードの存在がよく挙げられます。その辺りの特徴から
グランジというのは音楽的には単純な部類に入る、みたいな捉えられ方をさらげちなんですが、
いえいえ少なくともNirvanaに関しては、非常にユニークな音使いをする人たちで。もし
彼らがもっと「音楽的に」語られていたなら、カートもあそこまで苦悩しなかったかも、
なんて完全に妄想ですね。

さて、そろそろ楽理解説にいきます。彼らが一気にスターダムに引き上げたこの曲
「Smalls Like Teen Spirit」。もはや説明の要もないですが、この曲ですね。


これ、イントロのコードをほぼ楽曲の全編にわたって続けるわけです。従って、この4コード
がこの楽曲のキモなんですが、これが非常にユニークなんですよ。
  |F|B♭|A♭|D♭|
これ、全部パワーコードなのでメジャーかマイナーか曖昧になっているんですが、他の音の
使い方から明らかにマイナーだと解釈できます。とすると、前半の2つ(FmとB♭m)が
マイナーコードで、後半の2つ(A♭とD♭)がメジャー・コードということになります。
これらのコードは、Fminorで言うと一→四→三→六というコード進行になります。この
三→六というのが奇妙な明るさを生んでいる原因になるのですが、普通は短調で三→六と
行くとその後に二→五と解決して一に戻るのですが、ここでいきなり(ベースは時たま五の
音を辿ることもありますが)一に戻ることで中途半端に話が終わっているような印象を与えます。
つまり、後半の2小節でヘンな方向に進んでいるような印象を受けるわけなんですね。

繰り返しますが、この曲が持つ奇妙な明るさは、実はパワーコードが原因というより、この
三→六のコードによる方が要素として大きいと私は考えます。非常に絶妙な4小節のリフですね。

そして、このリフに乗ってイントロで一回派手に盛り上がります。といっても特に音を加える
わけでなく、その4小節のパワーコードをギンギンに弾いて(リズムもガシガシ攻めて)圧を
加える。これが、グランジスタイルなんですね。

そしてそこから一転して静かなパートに入ります。16分音符を意識したフレーズから、ベースは
4分打ちになり、そこへギターはC→Fという音を静かに(かつ不気味に)奏でます。それに
乗って、バースのメロディが入ってきます。このメロディも非常に分析のしがいがあるのですが、
この記事は著作権にかからない範囲で行っていますので、少しだけ書きますね。色々面白い
ポイントはあるのですが、中でもキモはメロディの終わりがGだということですね。これが
バックのFのコードに対して9度になっているわけですが、メロディが主音やその和音の構成音
で終わらないというのも、このメロディに中途感を与えているのです。そしてこのGの音は、
次のブリッジのパートで非常に重要な役割を果たすのです。

そして「Hello, hello, hello, how low」という有名なブリッジのパートに行きます。実は
この曲はバース〜コーラス構造でなく、間にブリッジを挟むつくりなんですね。Jポップ的な
Aメロ〜Bメロ〜サビ的な。このパートが、楽曲全体の中でも非常に効いているわけですわ。

というのも、ここで先ずAメロで単発だったC→Fというギターの単音リフが、ずっと鳴り続ける
ということになります。そこで、コードとの絡みが変わってくる。最初のFmについては5度〜
1度ですが、次のB♭mについては9度〜5度とCの音が少し面白い当たり方をそ、次のA♭
に対しては3度〜6度と今度はFの音が少々ユニークになり、最後のD♭では7度〜3度と
Cの音がぶつかり気味(メジャーセブン的になるのですが)と、2小節目と4小節目で少し
ユニークな響きになる。それに対し、メロディはA♭からGの音を繰り返すわけですが、特に
Gの音がメインになっていて、それぞれバックのコードと面白い当たり方をしているのです。
先ず最初は9度、次のB♭で6度、次のA♭で7度(メジャーセブンだ)、最後のD♭に
至っては真裏の音になる。こうしたことで、だんだんに不協和音的な緊張感が溜まっていく
つくりになっているわけです。それに妙なところへ行って解決しないコード進行の繰り返しと
相まって、ここのパートでだんだんに緊張感が蓄積されてくるようになっている。ただ静かな
パートから激しいパートへ移行するわけじゃないんです。間のブリッジで緊張感を溜める構成に
ちゃんとなっている。だから、ドラムフィルからのコーラスがカタルシスをもたらすわけです。

そして、ガシガシに盛り上がるコーラスですが、これがアウフタクトから奇数小節の前半に
かけてメロディが分布するようなつくりになっている。ですから2〜3小節目、そして4〜
1小節目というコードとメロディの絡みになっている。それで、2〜3小節目のF♭m〜A♭
のところでメロディは高揚し、4〜1小節目のD♭〜Fmのところで少し落ち着く、という
つくりになっているわけです。つまり、エモーショナルになるポイントでバックのコードが
メジャーになるという仕組みになっていて、それがこの曲に奇妙な明るさを与えている。
その明るさがかえって不気味ではあるのですが。

そして、コーラス終わりで、この曲で唯一コードの異なる箇所が出てきます。
それが、F→F#→C→B♭・A♭というコード。ここでは2小節目のF#でしょう。
これはナポリの二でして、これがパワーコードで出てくることで不気味さを演出していると
言えるでしょう。しかもここでブレイクになり、ここのコード感を強調しています。さらに、
ブレイクのところのギターはC→D♭とポルタメント的に音をしゃくり上げていて、しかも
そのうちのCの音がバックのF#の真裏ということで、不気味さをこれでもかと演出しています。

楽曲としては以上になりますね。後はその繰り返しですから。ここまで見ても、なかなか
巧みに出来ていることがお分かりできるでしょう。実はこの曲、わざとバラードっぽく
カバーしたりすると、楽曲の普遍性がよく分かったりします。そういうカバーも貼っておきます。



それと共に、オリジナルのアレンジの巧みさ、というかその時代性というのも浮かび上がって
くるように思えます。やはり、時代を象徴する曲って分析のし甲斐がありますね。

次回は3月の下旬。ということで春らしい選曲にしますね。Smokey Robinson & The Miraclesの
「More Love」をお送りする予定です。スモーキーも有名アーチストですが、聴かずにいる方も
結構いらっしゃるのではと思います。それに、割と有名な曲にしましたが、超有名曲ではないので
事前に予習をよろしくお願いしますね。
posted by なんくい at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月24日

楽器教室「著作権使用料問題」を本気で考えたい人のために

この問題について、だいたい議論は出尽くしたと思うので、さらに議論を前に進めるために
稿を起こします。

楽器教室「著作権使用料問題」(と要約するみたいですね)についてです。
すでに一つ、ちょっと皮肉なトーンで記事を書きましたが、実際はそうやって
騒ぎ立てている人達と、思いは共有してるんです。ただ、この問題にはそれなりに
真剣に取り組んではいて、その分絶望も深いですから、ただ怒っている人を見ると
醒めてしまう自分がいて、あのようなトーンになってしまいました。ちょっと、
分かりにくかったですね。

その反省もこめて(笑)この問題について、論点を整理したいと思います。その上で、
さらに議論を前に進めるための提言を最後にしたいと思います。

先ずは、これを読んでいる方はJASRAC憎しな方が多いでしょうから、テキさんの言い分を
きっちり聞くことから始めましょう。東洋経済がJASRACの方にインタビューした記事です。

JASRAC「金額の問題ならば交渉に応じる」

これを読んでも違和感を感じる方も大勢いらっしゃることでしょうけども、その違和感
の正体はじっくり考えて頂くとして、それでもいくつかの論点は浮かび上がってきたの
ではないでしょうか。

先ずは、法律的にはJASRACの方に理があるということ。おそらく裁判で闘っても、音楽教室
側は負けるのだろうと、私も考えます。次に、営利企業による音楽教室が「教育」なのか
という論点もあるということ。これは、学習塾が教育機関か、というのに似た問題提起
ですね。(実際、学習塾の管轄期間は文科省でなく経産省なので、サービス業だと言います)
これも、議論の俎上に乗せるべき問題でしょう。

さらにJASRAC側の主張では、ヤマハは韓国や台湾などでは著作権料を払っているのに日本で
払わないのはおかしい、と言っています。この事実関係は裁判などで明らかになるでしょう
から、軽々にコメントするのは避けますが、プロレス的な視点からは上手な切り返しだなあ
と感心しました。ヤマハさん、反論するなら早急にした方がいいですよ。

ただ、この記事に対するコメントを見ていると、見事なほどに批判の声ばっかし。ちょくちょく
擁護する声もありますが、ただ感情的な批判が多いですね。「お金のことしか考えていない」
「上から目線だ」とか。中にはいい意見もあるんですが、そこのところは後で整理しますね。

では、そういった感情的な意見については、こういう声にも耳を傾けてほしいです。

JASRACに直接問い合わせてみた。

この方は以前に「自分の歌が使われている割には還元されていない」と不満を述べたのが
ニュースになって、JASRACの職員の方が説明(というかお詫び?)に来たなんて経緯が
あり、JASRACにこの問題について直接問い合わせたんだそうです。

先ほどの理事の人とずいぶんトーンが違いますよね。おそらくJASRACの中の人にも温度差が
あるのだろうと推察されます。でもそういう提言を聞いてくれるのは結構なことですね。
私もいろいろ提言しているので、是非聞きに来ていただきたいものです。まあ別に直接
来てもらわなくてもブログにちゃんと書いてますけどね。例えばこれなんかどうですか。

さらにさらに、Frekulの海保けんたろーさんが、見事に問題の本質を言い当てておられます。

JASRACの何が問題点なのかを解説するから、もう許してあげてほしい

この辺りを読んで頂くと、本当のテキはJASRACではないんだ、ということがうすうすと
分かっていただけるのではないでしょうか。前の記事でも「本丸は著作権法」だと
書きましたし。その著作権法というところで、先ずは議論のすれ違いがあるように思います。

先ず、JASRACやそれを擁護する側の方は、著作権法を今ある形のものとして考え(それは当たり
前ですが)そこに依拠して議論を進めています。しかし、JASRACに反対する側は、著作権法を
こうあるべき、というべき論に依拠している。現実に依拠する賛成派と理想に依拠する反対派。
これじゃあ議論がかみ合うはずないです。

今回の問題は、音楽教室のレッスンが「公の演奏」に当たるかというのが議論のポイントに
なります。それに対して「判例があるから公だ」「そんなの一般的な感覚から乖離している」
と対立していても前には進めません。これは「公的空間と私的空間の仕分けの問題で、著作権法
ではその私的空間の範囲が狭められてきている」とレジュメできれば、それに対する対処や
議論のしどころも明確になることでしょう。もっとも、そこにはネットに代表される今日の
個人と社会の関係の変化が背景にあることも勘案しなければなりませんが。

また、賛成派が現実に依拠して議論していることを指して「JASRACやその擁護者は音楽の未来を
語っていない」という意見も聞かれます。私もまったくその通りだと全面的に賛成しますが、
おそらくテキさん側はそんなことを言われてもピンと来ません。彼らにとっては、現状の形を
維持・強化することが、音楽文化の未来につながると考えているからです。ここでも、議論が
かみ合わないポイントがある。

先日、私はラジオを聞いていて「ハッピーミュージックサイクル」なるCMを聞いて、怒りの
あまりラジオを叩き割りたくなる衝動に駆られましたが、それ自体は正論なんですよ。実際、
音楽家に支払われる金額が減って困っているという現状があるわけですし。ただ「本当に」
然るべきところに還元されているのか? されてないだろう! と、あまりよく知らない
人でさえそう感じている。感づかれている。それが現状なわけです。(本当はその奥に
巨利をむさぼるアンシャン・レジームの存在があるわけですが)

というわけで、今回の問題はどうしても「透明性」の問題と切り分けて考えることが
出来ないわけなんですよ。実際、コメントでも「本当に作者に還元されるのか」と
疑問を呈している人が多いですし。ですから、確かに今回の問題に関して分配の問題を
持ち出されても「それとこれとは話は別だろう」と賛成派の方は思うのかも知れません。
しかし、徴収する先を増やしていこうとする際、どうしても透明性にメスを入れないと
反発を避けることは出来ないでしょう。これまではそれでも、権力でごり押ししてきま
したが、さすがにもう持たないでしょう。

最後に、今回の問題について、少し違う観点(でも大いに関係ある観点)から提言を行おう
と思います。というのも、最近こういうニュースが飛び込んできて、関係あるなあと感じた
からです。

ネットでコンテンツの消費はするが、発信はほとんどしない日本の子どもたち

実際は表現しているけどもネットに公開していないだけかも知れませんが、由々しき事態
ですよね。こういう状況だから「ハッピーミュージックサイクル」か「フリーライド」か
という不毛な対立になってしまうわけですよ。

出来れば誰もが表現者であり表現の受け手である。そんな状況を作り出し、それに見合う
ような著作権のあり方にしていきたい。私には、そんな願いがあります。

今回、教育という場が議論の対象になったのはいい機会です。音楽教室を擁護された方、
是非、ただ擁護するだけでなく、自らも表現の世界に参画していただきたい。(表現の手段は
様々です。別に音楽にこだわらなくてもいい)そして、すでに何らかの表現を行っている方は、
特に音楽の方は、より多くの方がこの世界に参入してくれるような、魅力ある制度作りに
参画していただきたいです。著作権はその重要な柱の一つなのです。でも、全部じゃないよ。
そういう広い視点から、音楽の未来の問題を、多くの人と考えていきたいのです。
posted by なんくい at 02:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月21日

小沢健二がいよいよ動く!

どうも。ごぶさたです。なかなか更新できなくて申し訳ないです。

色んな事がありますが、楽しいニュースをお送りしますね。
というより、何といってもこれでしょう!

小沢健二が19年ぶりシングルを明日発売、「Mステ」ほかテレビ出演も



私が小沢健二さんをどれだけ好きかというと、かの「うさぎ」のバックナンバーを漁る
くらいだったりするのですが(これがまたヤバい内容で・・・という話はまたいずれ)
ここ数年小出しにされていた(それゆえツアー・チケットは即完売)音楽活動もいよいよ
本格化するようです。

先ずはシングル! 先ほどのティザー映像(おそらくベースは「神秘的」のインストで、
そこに「流動体について」が挿入されるつくりになっているのでしょう)でオザケン健在!
を確信される方も多いことでしょう。これは、早急にゲットしないとです!

そして、Mステ他のテレビ出演や、過去のMV公開など、色々あるので、是非この機会に
オザケンに触れてみてください!

魔法的
タグ:小沢健二
posted by なんくい at 11:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする