2017年03月31日

サブスク時代の洋楽楽理解説 #14 Smokey Robinson & The Miracles「More Love」

春ですねえ。こんなうららかな日には、私はスモーキー・ロビンソンを
聴きたくなります。

サブスク時代の洋楽楽理解説。昔の洋楽の紹介も兼ねて、その楽理的な部分を
解説するという体で連載を行っています。今回は春になるということで、かねてから
紹介したかったスモーキー・ロビンソンを取り上げます。大好きなんですよ。特に
Smokey Robinson & The Miracles名義の1960年代後半の音が、一番の好みです。

スモーキーはモータウンの第1号アーチストとして、ミラクルズでの活動だけでなく
ソングライターとしてのモータウンのアーチストにたくさん名曲を書いていまして、
文字通りベリー・ゴーディJrの右腕的存在だったと言えるでしょう。

もちろん今回楽理解説する通り、ソングライターとして天才的なんですが、彼の
アーチストとしての魅力は先ずそのボーカルですね。代名詞と言ってよいファルセット!
甘い歌声に身も心もとろけそうです。

それと共に私が大大大好きなのがリズム隊。ですので「Ooh Baby baby」のようなバラード
よりもビートのきいた曲の方が好きなんです。「It's a Good Feeling」なんで最高じゃん!
イントロでベースがドライビングするだけで心が沸き立つし、そこにドラムのフィル・イン
が入るだけで恋に堕ちるような気分になります。

ここのリズム隊をもう少し誉めそやすと、例えば「I Second That Emotion」のような
16ビートものでも真価を発揮するんですよ。私が最初にスモーキー関連で心を奪われた
のは、実はモータウンのクリスマス・コンピレーションに収められた「ジングル・ベル」
のカバーだったりするんですが、これも16ビートで演っていました。腰に来るビートも
得意なんですよね。

この連載を楽しみに読んでくれている方やソウル・ミュージックに精通していらっしゃる
方には説明の要はないですが、そうでない方は是非是非彼らの素晴らしい楽曲に触れて
頂きたいです。本当、惚れてまうでー!

今回取りあげる「More Love」も代表曲の一つで、人工に膾炙しているほどではないですが、
ファンの間ではおなじみの有名曲の一つです。私に言わせるとこの曲は典型的な「寸止め曲」
でして、先述の「It's a Good Feeling」や「My Love Is Your Love(Forever)」が恋に堕ちる
気持ちが全開になった曲だとすると、この「More Love」はその手前というか、恋の予感の
ざわめきをパッケージしたような楽曲だと私は勝手に考えています。そういう瞬間もまた
サイコーなんだよね。ただその魅力というのはちょっとオトナ向きかも知れないですね。

では、早速楽理解説に入りましょう。ピアノによるコードバッキングから始まりますね。
ここではEmaj7→Dmaj7→F#min7→Emaj7と甘いコードの連打です。メジャーセブン
ですからねえ。また、一→♭七→二→一(あ、ここでは文字化けを避けるためにコードは
漢数字表記です)という甘さだけが際立つコードの運びでもあります。
それを2回繰り返した後にベースやストリングスが入ってきます。一応Eのコードでは
あるんですが、それをベースにF#min7(二の和音)が乗っかる瞬間もあります。そして、
A→G#mとすなぎのコードがあって、歌に入ります。

さて、ここの歌のパートですが、楽曲の構造が結構微妙なんです。ですが大きくとらえると
一応ヴァース→コーラスの構造と取れるので、一応そのように便宜的に分類して解説を
進めます。それで、ヴァースのコードはこうなっております。
 |F#min7|F#min7|Emaj7|F#min7|
 |F#min7・A|B・C#|F#min7|A・B|

前半の4小節が導入部で後半の4小節がブリッジ的な機能を持つパートと言えるでしょう。
前半がゆったりコードが動いていて後半がたたみかけるようにコードチェンジするので
ワタシはここのヴァースが12小節なのかと勘違いしておりました。ちゃんと数えると
上記のとおりちゃんと8小節なんですね。

最初の4小節は、まあ典型的な二→一というコードの動き。甘いコード感を出す代表と言って
いいコード進行です。中途で始まり一に解決するという形も甘さを出しますし、しかも本来
二→五→一となるところ(これだけでも甘いコード感があるのですが)を五を省略することで
さらに甘さが際立つ(輪郭がぼやけるから、でしょうね)コードになっています。

そして2小節ずつ動いていた(4小節目にはなぜか二に戻っていますが)のが2拍ずつ
動いていて急に動きが速くなる後半4小節ではコード展開的にも動きが出ています。ここは、
二→四→五→六Mというつくりなんですが、これF#minorとして考えると一→三→+四→五と
ドリアの四を使っているという解釈になるんです。5小節目に感じるいなたさはそこから
来ているんだと思います。そしてその2小節が2回繰り返すつくり、でも2回目は六Mに
行かずに二→四→五で止まっている。ただドミナントで終わっているので次に一に行くと
思わせておいて、次のコーラスに行くんです。

コーラスのコードはこうなっています。
 |F#min7|F#min7|F#min7|Emaj7|
 |F#min7|F#min7|F#min7|Emaj7|
 |C#|C#sus4・C#|

ここは10小節なんですね。ただこれも、4小節のパートが2回繰り返され、そこに
つなぎに2小節が加わっていると観た方がよいでしょう。その4小節のパートですが
ここも二→一のコード。ただし2小節交替ではなく、二のコードを3小節間引っ張って
4小節目に一に解決するというつくり。メロディも1〜3小節目は同じフレーズの
繰り返し(3小節目に動きが出てきますが)。つまり、ヴァースの導入部の引き延ばした
形になっているんですよ。おまけに9〜10小節目のC#も、ヴァースの6小節目に出てきた
6Mの形。それもヴァースでは2拍分の長さだったのを2小節に引き延ばした(そのため
途中でサスフォーなんかを絡めていますが)形。つまり、つなぎの部分もブリッジ的に
作られたヴァースの部分をしつこく引き伸ばしたようなつくりになっているわけです。

そしてコーラスが終わると間髪入れずにまたヴァースが始まりまたコーラスへ、と2コーラス
分間に何もなく繰り返されるのです。ただその間に音も加わっていきボーカルも高いラインを
なぞるようになり、だんだんと高揚していくのですが。ただ楽曲構造的に見ていくと、ふらふら
と色んな所に行きつつも基本は同じところをぐるぐると回っているだけのコードなんですよ。
それが繰り返されている間にだんだんと高揚していく。甘い恋の予感のようなものがだんだん
高まっていく。最初に「寸止め感」とか「恋の予感をパッケージした」と形容しましたが、
それが楽曲構造的にも裏付けされているわけです。見事というしかないですね。

それがさらに決定的になるのは、2コーラスが終わってから。イントロのベースと
ストリングスが入ってくるところの再現の後、半音調が上がるんですよ。その転調を
トランペットのハイ・トーンが盛り上げる。ところが一方で、ギターとベースは一番最初の
イントロでピアノが奏でていたコードを1(当然半音上で)再現しているわけです。

そして半音上がってバースとコーラスに行き。コーラスがリピート&フェイドアウトで
曲が終わっていきます。恋の予感が高まったまま、楽曲が終わっていくわけです。
(実際は強烈な求愛の歌、なんですけどね)

さて来月もソウル・ミュージックの巨人を取り上げます。Curtis Mayfield!!! 何を
取り上げるかさんざん迷いましたが、難しいのを承知で一番好きな曲にします。
来月は「Move On Up」1970年の「Curtis」に収められたExtend Versionを是非聴いて
おいて下さい。まあこの機会にCurtisのカタログにも是非触れて下さいな。
posted by なんくい at 11:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月22日

小ネタ集#1

たまにはこういうのもいいかなあと思って。ブログの記事の冒頭に
少し触れるようなネタだけで記事を書きます。ちょっとした箸休めですね。

先ず最初はスクービー・ドゥーの新曲。何はともあれ聴いてもらいやしょう。



彼らお得意の爆裂チューンではなく、いわゆるミドル・チューンなんですが(ちょっと
オトナ路線)これ、完全なるダチーチーチ曲ですよね! てか、そういう耳でしか
聴けないよ!!!!

次。これ、いつか紹介したいと思っていたんですよ。ネオオタク語というのがあるそうで、
その言葉で浦島太郎をやるという試みなんですが。




というか、この中のオタ姫の歌(とミックス)ですよ。これだけを取り出したものもあります。



いやあ。よく出来てますよね! いわゆるアイドルなどでもコールをしますけども、
そういう観客参加型というものの最新形、ですよね。浦島氏の楽しそうな顔が全てを
物語っていると思いますが。こういうコール文化の音楽的意義、なんてことを考察
したくなりました。

続いてはONIGAWARA。今日アルバム発売日なので、プッシュしないとです。



どうですかこのバッチシとフォーカスが合ったキャチーぶり。彼らのユニークな佇まい
という面ではやや薄めですが、これでOKだと思いますね。匿名的に浸透しそうですし。
どんどんラジオ等で流して頂きたいですね。

ONIGAWARAに続いては電気グルーヴ。というのがこのブログ(笑)。



音楽的な充実期と悪意をポップに昇華するベテランの技がすごいところに来ています。
あんまり考えずに聞けばフツーに聴けちゃうのがコワイ・・・。

続いては、いつかはちゃんと取り上げないといけないw-inds。取りあえず大評判の
この曲をかるーく紹介しておきます。



彼らの音フェチな側面がこれをきっかけに益々暴走しそうで、楽しみです。そういう
切り口で取り上げればいいのかなあ、とばくぜんと考えております。

先ほどONIGAWARAでラジオの話をしましたが、ラジオと言えば先日山下達郎さんに星野源さん
という「あり得ない」組み合わせでラジオの特番をやっていましたが、そこで星野源さんが
ラジオで衝撃を受けた曲ということで、あろうことかヤマタツさんの前で紹介したのがなんと
オマリーの六甲おろし! ぶっこむなあ、と思いつつ冷静に考えると、ヤマタツさん相手に
選曲で勝とうと思うとそっちに行くしかないわなあと考えたり。星野源さん、なかなかの
策士です。

説明の要のないこのヒット曲を貼りますが、これ、レコードの33と1/3回転のものを
45回転に変えたときのワクワクを想像した書いたとそのラジオで言っていました。
そのことを念頭に入れて聴いて頂きたい。(ラジオでは弾き語りでゆっくりやってました)



最後は、実はあまりコメントしていなかった脇田もなりさん。2ndシングルまで出てますよ。



これ、2ndシングルとしては最高だと思うんです。以前1stシングルを「無色透明」と
評しましたが、そこにかすかに色づいた印象。少しソロとしての輪郭がはっきりしてきた
印象があります。

1stの時も思ったのですが、全体的な感想が「もなりちゃんカワイイ」に収斂するのが
素晴らしい。楽曲というより、脇田もなりという独特な存在の魅力を見事にプレゼンする
楽曲になっていると感じます。この曲ではPVの効果もあるのでしょうが、可愛さだけで
なく、女性としての妖艶さやセクシーさもほの見えるようになっていて、これからどんな
表情を見せてくれるのか、と楽しみも増す展開。実はカップリングでは不穏な音像を効果的に
配していて、まだまだ何かを隠しているなあ、という期待感も膨らみます。もう新曲も
いくつか披露しているそうで、アルバムが待ち遠しいですね。
posted by なんくい at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月18日

「応援歌の系譜をたどる」#11 応援歌の「テンプレート化」という落とし穴

久しぶり。というより前回の「いきものがかり」の記事からはなんと1年近くも
空いてしまいました。てか、色んな企画が滞ってしまっているので大変申し訳ない
のですが。まあぼちぼち再開していきますね。

ただ、こちらの連載は記事が滞ったのにも理由がありまして。前回の記事にも書きましたが、
この連載をしていて大きな問題にぶち当たった。その問題を整理するのにちょっと時間が
かかってしまった。というわけです。忙しくて更新できないだけではないよ。(他の
連載記事はそういう面もなくはないけど。ただあんまし考えているヒマがないんだよなあ)

その文脈を理解してもらうために、一応ここで連載記事の一覧が読めるので、
どうぞご覧ください。

応援歌の系譜をたどる

これを通して読むと、今回の問題意識は連載当初からそれなりに念頭にあったと言える
でしょう。というより、ブログ開始当初の歌詞の考察の最初の記事でも、似たような
問題意識を述べております。

なんだか勿体ぶって本題に入ってこないように感じるかも知れません。その問題意識とは
今回のタイトルで述べた「応援歌の『テンプレート化』」という問題です。というより
このタイトルで、そんなに鋭くない人でも「ああ、そういう問題ね」と概要が分かって
しまっているんどえはないでしょうか。それくらいキャッチーな言葉でしょう。今回
このタイトルを思いついたので記事にした、という面もあるくらいです。

一応概略を説明しておくと、応援歌の歌詞に一定のパターンが出来てしまって、
そのパターンに書き手も聴き手も(←こちらが実は重要!)囚われてしまう、と
いうことです。これは、別に応援歌に限らずすべての表現が持ち合わせている
問題と言えるのかも知れません。表現の固定化といってもいいかもですね。

ただ、それらの問題が応援歌というジャンルについては顕著に表れてきてしまう。
そんな構造的な問題を、応援歌というジャンルは抱えているのではないか。

この連載は比較的丁寧に一つ一つの表現を拾って考察しています。なので、その表現の
核の部分というか、深みの部分を味わうことが出来ています。しかし、あまり何も考えずに
聞けば、「なんか応援している。ウザイ」とか、あるいは応援歌に聞き惚れている状況を
「歌なんかに励まされてる。サムっ」と引いて観たりする面もあることでしょう。
(それは、そういう人がいる、という話ではありません。誰の心の中にも、そういう面が
 ひそんでいる。表面化するかしないかの違いだけで、という話)

そうでなくても、今回連載で集中的に応援メッセージを聴かされると頭がクラクラして
しまう。それは、他人を応援するという表現にはそれほどバリエーションがなく、
しかも一つの表現者のものとなると、そのバリエーションも狭まってくるという面も
あるのでしょう。(他の連載の場合は、それほどたくさんは見ていなかったことが
バレバレですね。いきものがかりの場合は100曲以上見たもんなあ)

しかも、応援というメッセージを集中的に浴びるとある種の抵抗のような気持ちが
襲ってくる、という面もあるのかも知れません。よく「頑張っている人に『頑張って』
と励ますのはかえって相手をバカにしている」なんて物言いがありますが、応援という
メッセージの持つ難しさも、そう感じる要因かも知れません。まあ応援が本当に必要に
なる場面なら別なのかも知れませんね。今回はそういう意味では野次馬的に応援歌を
見ていた面もなきにしもあらずですから。

じゃあラブソングはテンプレート化しないのか、というと、一部にはそういう面もある
のかも知れませんが、愛というものの多様性のせいか、これだけ多くのラブソングが
作られてもそれほどテンプレート化してはいません。(ジャンルをもっと細かく限定
しないと、テンプレート化しないでしょうね。ラブソングは広すぎるよ)

この「応援歌のテンプレート化」という問題。実は聴き手以上に作り手の人も苦しめる
んだと思うんですよ。自分の作り出したスタイルが表現者を苦しめる、というのはどの
ジャンルの表現にも多かれ少なかれある問題でしょうが、応援歌とか強烈なメッセージを
投げかける表現の場合、しかもそれが世間に受け入れられた場合、そのテンプレート化の
問題は色んな面で表現者に返ってくることもありましょう。この連載でも取り上げた
大事マンブラザーズバンドの問題は、その一つのサンプルと言えるのかも知れません。

そう考えると、いきものがかりの「放牧」は良いタイミングだったのかも知れませんね。
外目には3人とも健全そうに見えますが、実は想像以上に反作用が彼らを蝕んでいたの
かも知れませんし。彼ら自身が意識していなかったとしても。

この「テンプレート化」の問題に関連しては、一人紹介したいアーチストがいます。この
ブログ開始当初から温めていた企画ではありますが、まさかこんな文脈で紹介するとは
思ってもいなかった大御所です。次回は、特別篇としてお送りする予定です。
ラベル:応援歌
posted by なんくい at 10:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌詞の考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする