2017年03月03日

小沢健二が「前線復帰」した意味

もう3月ですね。相変わらず更新がなかなか出来ないですが、ぼちぼち頑張ります。

先ず例の「楽器教室『著作権使用料問題』」について、是非読んでほしい文章があります。

音楽教室と著作権問題|JASRACは僕らの町役場

このmixiサイトは、ネットにあるJASRACをめぐる問題は99%がウソである、と言って
情報発信をしているサイトです。私自身もそういったウソを垂れ流さないように
気をつけたい、その意味ではちゃんと読んで勉強すべきサイトです。

そのサイトの運営者から見た今回の問題の概観がこれです。まあこれはこれで正しいとは
思います。(ただ1点、非法人の個人からは取らないと言ってますが、彼らは見つけ次第
取るだろうと予想しますね。もっとも個人のピアノ教室を全部見つけ出すのは不可能なので
全教室が対象にはならないでしょうが)ただ、これだって現状の著作権のあり方を「正しい」
と考える視点ならこうなるということです。JASRACは違法行為を行っているわけだって
ありませんし。分配の問題だって、裁判を経て色々改善されているのは知っています。
(しおりさんの件もありましたしね)ただ、私は問題はそこじゃないと考えています。
だから、ネットで沸いている人とは別に(ホントは共闘したいけど)問題提起を行って
いきたいのです。私の今回の件に対する意見はここに書いています。是非読んでください。

もう一つ、これは面白ネタですよ・なんと西寺郷太さんがあの新垣さんと対談されています。
(注意!かの「FAKE」のネタバレがあります。まだ見てない人は気をつけて)

西寺郷太×新垣隆 あえて今“ゴーストライター騒動”を語る――CDが18万枚も売れたのは“聾唖の作曲家”というストーリーがあったから

「いつかはバレて破たんする運命だったんです」西寺郷太×新垣隆 “ゴーストライター騒動”を語る

「佐村河内とはいつも喫茶店の喫煙ルームで打ち合わせしていた」西寺郷太×新垣隆 “ゴーストライター騒動”を語る【最終回】

やはりプロのミュージシャンの見方は面白いですね。と同時に、映画を観ていた私にはある種の
答え合わせのような対談でもありました。そう言えば映画についてはこういう感想を書いて
おります。ぶれてないね、おれ。

本当はこういう好きな音楽家同士がつながると、勝手にコラボなんてものを期待するのですが、
今回に関してはジョークで返していたし、まあないのかなあ。

さて、本題はオザケンです。というより、最近はこのことばっかり考えていますよおれ。
それだけ、彼の復活劇はうれしいんでしょうね。

それにしても、新曲発表からの彼の精力的な動き、特にテレビ出演での言動は、まさにポップの
本質というものを彼がよく分かっているなあと思いますね。昔は王子様キャラとか小難しいことを
言ってケムに巻くとか(ただ今見返してみると、彼のシャイな面の裏返しだったり、案外フツー
っぽく振舞っていたりするなあと感じます)テレビに出るたびに物議を醸していましたが、
今回は自分の弱さとか普通っぽさとかもてらいもなくさらけ出して、また従来のインテリっぽい
面も隠すわけでなく、いい意味で構えていない感じがして、好感を呼んでいるのではない
でしょうか。特に「日本にもいい面がある」という発言は、昨今の薄っぺらい日本礼賛ブーム
とは違う迫力を感じます。(だって謙虚であることが日本が世界に誇るべき美徳ですから!)

そして新曲! みなさん聴きましたか? 是非盤を買って頂きたい(Amazonで結構すぐ買え
ましたよ!)のですが、テレビ出演でも聴けた方も多いことでしょう。素晴らしいですよね。

いわゆる一連のヒット曲の線上にあると言える曲で、そこに思索が暴走していく瞬間を
切り取ったかのような言葉。特に転調してからの展開は、まさに「魔法的」だと感じます。

しかし、ここの転調のパート、実際コードを拾ってみると半音ずつ降りてるだけなんですけど。
(調は3つほど変化していく)その意味ではわりとありがちなコード進行なんですけど、
どうしてここまでマジカルに聞こえるんでしょうね。それは、アレンジワークや言葉との
絡みが絶妙なんでしょうけども、私の分析モードが発動しちゃいますね。

さて、これからも小沢健二はマイペースで活動していく(そんなコンスタントには出さない
でしょう。それに、今回のようにサプライズがお好きなようですし)でしょうが、これを
もって「前線に復帰した」と見ていいと考えます。何より「小沢健二がいるシーン」に
なったのだ、と捉えていいでしょう。

そして、日本のシーンにとって、その影響は決して小さくないだろうと予感しています。
シーン全体がシャンとするというか、しょーもない連中は駆逐されるだろうなあと。きちんと
している人達がサバイブしていくのだろうけども、そのサバイブしていく人たちもある種の
緊張感というか、いい意味でオザケンを意識することになるでしょう。そしてそれは、
シーンにいいフィードバックをもたらすでしょう。本当は、オザケンがいてもいなくても、
宇宙に対して良いことをしていけばいいんですけども。今回の楽曲、そして一連の動きを
見て、私は妙な安心感を抱きました。

オザケンはファンについて「ファンの方のレベルが高くて、おかげでここまでやって来れた」
ということを言っていました。その発言に見合う自分でありたいなあと強く思います。
ラベル:小沢健二
posted by なんくい at 12:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする