2017年05月24日

祝30周年!エレカシの極私的30曲(18)孤独な太陽

私がこの曲を初めて聴いたのは、CDショップ(確かHMVでした)の試聴コーナー
でした。イントロから「とてつもない名曲が来た」と興奮したことを覚えています。

今回紹介するのは「孤独な太陽」。アルバム「good morning」の後にリリースされた、
実はオリジナルアルバム未収録のシングルです。その意味では、意外と忘れられている
可哀相な曲でもあるのですが、聴いて頂くと分かる通り、もう紛うことなき大名曲!
こういう曲を書かせると、宮本さんは天下一ですね!!

タイトルから想像がつく通り、陰鬱な表情を持ったバラード・ナンバー。宮本さんの
メロディー・メイカーとして、そしてシンガーとして超一流であることを如何なく
証明する曲だと言ってよいでしょう。それと共に、「good morning」の戦闘モードから
季節がまた変わっていったことも明かすことになる曲でもありました。戦闘モードで
シーンに戦いを挑んだ陰で負った傷を見るような思いもありましたね。

ただ、後日知ったことによると、この曲はなんとSMAPに提供しようとしていたんだ
そうです。何でも、SMAPの側からオファーが来たんだとか。この辺の目利きは見事と
言うしかないですが、おそらく歌番組の露出からスタッフが見込んだのでしょう。

ところが、歌詞の一部がSMAPのイメージにそぐわないとのことでボツになったんだとか。
結果として、宮本さんが歌うのがピッタシの曲だと私も思うのですが、SMAPが歌う姿を
聴いてみたいような、みたくないような。(個人的には今の木村さんが歌うのには合ってる
気がします。17年越しのカバーなんて話題にもなるし、やってみたらいいんじゃないかなあ)

ここで見せたおセンチ・モードはいよいよ本格化し、小林武史さんを迎えて次のモードに
進むことになります。
posted by なんくい at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月23日

現実問題「所有」はめんどくさい

久々の著作権の記事です。といっても、今年になって音楽教室の問題が
あって、少しコメントしたりしましたが。その流れで、少し反論したい
サイトを見つけたのですが、そのテキさんはかなり強いので、時間をかけて
問題点を指摘する記事を書こうかなあと考えています。

今回は、そのマクラとして、音楽ファンにとっての実感というのを深めたいなあ
と思うんです。それがタイトルに書いた、音楽とメディアの関係の問題です。

よく、音楽を聴く手段として、CDから音楽配信へ、そしてサブスクリプションへ
という流れになっていると解説されることがあります。その背景としてコストの
問題(CDはアルバム1枚3000円・配信なら2000円・サブスクんら月1000円で聴き放題)
と便利さの問題が挙げられています。その「便利さ」の問題を、深めたいのです。

音楽ファンにとっての悩ましい問題、それは購入したCDの管理の問題です。
ライトなファンならそうでもないでしょうが、月に数枚以上買う方なら、年間で
4〜50枚、それが何年も蓄積されると数百枚・数千枚の世界になってきます。

私も、今も結構な枚数を所有していますが、かつては千枚前後所有していたことが
あります。ちゃんと数えた訳でないので正確な数は言えないですが。じゃそれを
どうしたかというと、引っ越しするときに、売れるものは売ったわけです。ただ
売れるものはまだマシで、状態の悪いものは、泣く泣く捨てる羽目になりました。

その時に痛感したのは「CDはどうしてもかさばるし、書庫とか持てる家でないと
たくさん所有するのは厳しいなあ」ということ。これを読んでいる皆さんはどう
しているのでしょうか。色々な方法があるのでしょうが、たくさん音楽を聴きたい
人にとって、CDは悩ましい問題があるということです。

その点、音楽配信はハードディスクの容量さえ確保できれば、いくらでも「所有」する
ことが出来る。その便利さに、私は飛びつきました。かつて所有していたCDも、
だいたいはパソコンのハードディスクに入れて保存してあり、これも正確な数は把握
していない(後述する理由もあり)のですが、2万曲は軽く超えているはずです。

ところが! このパソコンでの音源の管理も、非常に面倒くさいんですよ。原因は、
音源を管理する適切なソフトがないということ。だいたいの方は音源管理にiTunesを
用いていらっしゃることでしょう。ところがこのiTunes、アップデートするたびに
管理していた音源が行方不明になる、という事態が生じるのです。原因はどうやら、
パソコンに入っている音源のファイル形式にあるようです。iTunesはaccという仕様で
保存するのがデフォルトとなっており、他にmp3も使うのに不便はないです。ところが
音を保存する一般的な仕様であるwavは、扱えるのですが、これがアップデートするたびに
アーチストやアルバムなどの基本情報が抜け落ちる! 最初は私も泣く泣く基本情報を
付け替えたりしていましたが、もう諦めました。今は私のパソコンには、行方不明の
曲が2万曲あまり眠っていることになります。

この件についてはAppleの担当者にさんざん文句を言って、色々話しました。その中で
担当者が言っていたのは「iTunesは本来、音源管理ソフトじゃない」ということ。
もともと音源管理には不向きなソフトなんですよ。(ただ、アップデートするたびに
不便さに拍車がかかっている気がします。どうやらApple側がそういう機能を切り捨てて
いるらしいのです。midiファイルも読めなくなりましたし)

ということで、重度の音楽リスナーほど、サブスクに向かうことになるってことですよ。
私、Apple Musicを非常によく使っているのですが、その用途の多くは、自分のパソコンに
眠っていて聴けない曲を聴くという、本末転倒な事態に陥っております。エレカシや
洋楽楽理解説の連載なんてそれで書いていますし。ただ、そのサブスクについても文句は
あります。これも面倒くさいのは複数パソコンを持っている場合ですね。要は、サブスクで
自由に聴けるメディアは非常に限られている。私は車の中では専らラジオですが、カー
ステレオは(今乗っている車では)CDしか対応していないので、パソコンの音を
USBに入れて聴くなんてことも出来ません。サブスクなんてもっての他です。(サブスクの
音は、iPodでも聴けないですからねえ)今後、そういう不便さは解消されていくのでしょうか。

こういうことをつらつらと書いたのは、音楽業界の人って、ファンのこういう声を真摯に
集めているんでしょうかね、ということを知りたいから。よくCD→音楽配信→サブスクと
収益が減るなんて話を聞きます。その方面でのビジネスモデルも切実な問題なのでしょうが、
音楽ファンが実際、どういうところで悩んでいるのかということを、しっかり聞き取って
手を打つという、商売人として当たり前のことが、意外と出来ていないんじゃないですかね
音楽業界は。まあ音楽業界の人だって重度の音楽ファンで、今書いたような問題を抱えて
いらっしゃることでしょうが、でもプロの方は書庫くらい持てるでしょうし、機材もいい
ものを揃えられるでしょうから、意外と市井のファンの視点というのは盲点になっている
のかも知れないです。でないと、こんな不便なことが横行するなんてこと、考えられない
でしょう。(それとも、そんなことはハードのメイカーが解決することだ、くらいに
考えているのでしょうか)

なんだか愚痴みたいな記事になってしまいました。ただTwitterのTLで私と似たような問題で
困っている声を拾ったので、書いてみました。もしかすると私は機械オンチだけで、もっと
上手くやっているよという人もいるのかも知れません。そういう方がいれば、むしろ
その「上手い方法」を教えて頂きたいです。そういう知識の共有も、案外音楽業界を救う
ことになるのかも知れないですよ。
posted by なんくい at 11:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月22日

祝30周年!エレカシの極私的30曲(17)ガストロンジャー

怒れる宮本、復活! しかしそれは再びの長い雌伏期の始まりでもあった。

エレカシの極私的30曲。少し久々になってしまいましたが、今日は人気曲です。
ブレイク期から少し経った1999年にリリースされた「ガストロンジャー」。
この曲、東芝EMI移籍第1弾なんですよね。移籍して心機一転、新たな扉を開きたい
という意図もあったのかも知れません。

ですが、かつてのファンは「あの怒れる宮本が復活した」と大喜び。つまりこういう
モードが宮本さんの中にあつってことはみんな知ってたわけですわ。これを読んでいる
皆さんも、こういう宮本さん好きでしょ? 私も好きです。

この曲は日本の現状を憂い、それに対して「化けの皮を剥がしてやる」と宣言する、
まあ言ってみれば反体制ソングです。今の安倍憎しと活動していらっしゃる方も
テーマ・ソングにしたらいいんじゃないかなあ。

ところがそうならないのは、宮本さんがしゃべり過ぎてるから。戦後の日本からの
歴史的ビジョンをもって現状を喝破し(さすがに20近くも経って今とは状況が違って
していますが)一方で「くだらない世の中なんて物言い、縄文時代からの定番だよ」と
返す刀でただ現状を否定する向きにも斬ってかかる。ここでの宮本さんのスタンスは
党派的なものでなく、あくまでも孤独に世の現状を斬って斬って斬りまくるもの
だったわけです。現状に対する醒めた認識も持ちつつ、ロックバンドとして告発する
側に回る、という宣言だったわけです。私もこういう立場に立ちがちなので、非常によく
分かりますね。

そして、この曲で特筆すべきなのは、ほとんど打ち込みで作られたということ。ただ
それは、宮本さんの求める音像にバンドがまだついていけなかったから。当時世を
席巻していたRage Against The Machineなどのヘヴィー・ロック的な音像をおそらく
求めていたのでしょうが、それをやり切る体力がバンドに備わっていないという判断で
打ち込みの登場になったのでしょう。(一方で、宮本さん自身も打ち込みという新たな
表現方法に興奮していたという部分もありますが)私は夢想します。もしこの曲が、
レイジみたいな圧倒的な音像で登場したら、日本のシーンはどうなっていたんだろう、と。

その私の夢想は、後日意外な(そしてある意味残念な)形で結実することになるのですが
その話はまた後日。そしてもう1点触れないといけないのは、この時期にHey! Hey! Hey!に
出演し、ダウンタウンに「見つかっ」ちゃうんですよ。宮本さんのキャラクターが徹底的に
いじられるようになるのもこの頃から。その辺も少しちぐはぐなんですよね。ブレイク期
ならともかく、戦闘モードに入っている時期にそういういじられ方をされてもなあ。

ただ、その副産物からか、思わぬ名曲が次回、登場いたします。
posted by なんくい at 10:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする