2013年06月27日

Jポップって何?(その2)

Jポップとは?という考察を前回の記事から始めているんですが、
「歌謡曲」についてもゆくゆくは考えていきますが
今しばらくは「Jポップ」にこだわっていきますね。

Jポップとこれまでの「歌謡曲」との違いの一つは
「洋楽との同時代性」だと思うのです。
圧倒的にJポップ世代の方が洋楽とのシンクロ率が高い。

もちろん歌謡曲の時代もアメリカで流行した曲をすぐカバーしたり
といった同時代性はあったのですが、いかんせん音楽的教養の
問題で、洋楽とは似ても似つかないものになっていた。
(それが味だという考えもありますし、現状の歌謡曲の魅力は断然そこです)
その音楽的蓄積の面で追いついてきた、というのは大きいと思います。

実はJポップで主流とされた人たちって、80年代では先鋭的な
存在だったわけなんですよね。小室さん然り、サザンにしても
ユーミンにしても。もちろん売れてはいましたが、主流では
なかった。そういう存在が主流になり、大御所になっていったのが
Jポップの時代だということも出来るでしょう。

この世代の人たちって、欧米のポップスに追いつこうと、それは
涙ぐましい努力をしたと聞きます。矢沢永吉さんなんて単身でアメリカに
乗り込んだりして。一方で山下達郎さんのように、自分のやりたい音楽を
受け入れられる土壌を作ろうと、懸命に啓蒙活動をしたりとか。
そうやって切り開いてきた道を、Jポップ世代が歩める利点はあった。

また、このくらいの世代になると、外国と日本との距離が圧倒的に近くなった
というのもあるでしょう。コーネリアスが世界のトップミュージシャンと
交流があったり。カジヒデキさんもスウェーデンのトーレ・ヨハンソン一派と
蜜月関係があったりとかしますし。

前に渋谷系とは渋谷の輸入レコード店周辺の動きを呼んだものだと書きました。
その頃の日本(渋谷はその代表)は世界一レコードやCDが集まる街だと
来日するミュージシャンの羨望の的だったという話も聞きます。

そこでよく言われたのは、雑食性あるいは折衷性というのが日本の特徴だと。
ロックもレゲエもボサノヴァも、並列的に聴くのが日本人だと。
それは、そういった音楽が生じる文脈と切り離されているからだと思うのです。

例えば、ブルーノートという旋法は、多分にアメリカの黒人音楽
の文脈を持つ響きなわけですね。それを白人がマネすると、
そこにまた特別な意味が生じるものなんです。
ところが日本人はブラックミュージックも、
白人のやるブルー・アイド・ソウルも並列に聴く。

さらに当時の渋谷の潮流というのは音楽の歴史とも切り離して
「今」の耳で心地よいものを楽しむというものでした。
今現在のアーカイブ時代の先取りだったわけですね。

確か、田中宗一郎さん(タナソウ)がこういうことを言っていました。
「ミスターチルドレンの巧みなコード使いは、それを参照する
 日本の音楽的文脈を持たないものである」
(記憶に頼っているので、正確でないですが)
タナソウさんはそれを否定的な意味で書いていたのですが
私はそれこそが日本の音楽の特性なのではないか、
とむしろ肯定的に考えたりします。
その中でもこういうものが好まれる、という傾向性は
出てくるでしょうしね。

今回もとりとめのない考察になってしまいました。まとめると、
・Jポップの特性は洋楽との同時代性、あるいは洋楽の情報量の多さである。
・それゆえにJポップはあらゆるジャンルの音楽を、文脈を切り離して受容した。
という2点に集約されます。

ここから考察を進めるために、次回は具体的なアーチスト、
「クール・ジャパン」の代名詞となっているらしいアーチストを
取り上げて考察をします。
ラベル:日本
posted by なんくい at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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