2013年09月15日

ファンキー末吉さんの戦いと「透明性」の問題

このブログの記事も、これで100個目になります。
5月から始めたので、およそ4ヶ月ちょっと。このペースで続ければ
年間250強書くことになるようです。まあそれでも10年は書くことがあるので
(音楽ってそれほど奥深いんです)気長にお付き合い下さいませ。

100個目の記事は、このブログの開始当初から始めている著作権の話。
ファンキー末吉さんの話を書こうかと思います。
この連載を始めた当初からファンキーさんのことは意識していて、いつかは
書こうと思っていたんです。ただ喫緊の話題でもないので(ファンキーさんは
もう何年もこの問題で戦っています)きちんと理論面の整理をしてから、と
考えていました。今回、やっと書くことが出来ます。

この問題については、ファンキーさん自身のブログが一番分かりやすいでしょう。
JASRACとの戦い ファンキー末吉ブログ〜ファンキー末吉とその仲間たちのひとりごと〜

ファンキー末吉さんは自分でライブハウスを経営しているんですね。
そこへJASRACが著作権料の徴収に来る。しかしファンキーさんは
自分で作曲などもしていて、要は著作権者でもあるのです。だから
「自分の曲を演奏した場合、そのお金はちゃんと自分のところに帰ってくるのか」
という問いを仕掛けることができた。プラス、ファンキーさんの「泣き寝入りは
いやだ」という性格(ロックスピリットと言えましょうか)も相まって、
JASRACとの長い長い戦いになっているわけなんです。

このファンキーさんの戦いを私なりに要約すると「透明性をめぐる戦い」となります。
別に自分の曲に対してJASRACが徴収に来ること、手数料としてJASRACが
お金を抜くことについては文句を言っていません。そうやって徴収したお金が正当に
著作権者に分配されているのか。そこだけを問題にしています。

現在のJASRACの方式はサンプリングで調査して、どの曲にどれだけの割合分配
するか、を決めていると言います。ただ、サンプリングの正確性を上げるために
どの店でサンプリングしているかを教えることは出来ない、と言います。
(これはまあそうでしょうね。そこに勝手な操作が入る危険性がありますし)

でもそれじゃあ正当に配分されないじゃないか。というのがファンキーさんの言い分です。

ここで問題はやはり「サンプリング」という方法の正当性になるでしょう。
私は、著作権のようなロングテールの比重が大きい分野にサンプリングはそぐわない
と考えます。非常によく使われる一部の楽曲は、正確に把握できるでしょうが、
大多数の、ほんの少ししか使われない楽曲については誤差が大きくなる。
(それがどの程度の誤差までが許容されうるのか、皆で話し合うべきだと考えます。
 JASRACの中だけで話し合うのではなく)

おそらくJASRACがサンプリングを用いるのは、全体を調べるのは不可能で、
労力もかかり過ぎる割に成果が見込めない、と考えるからではないかと推察されます。
しかし、例えばライブハウスからお金を徴収する際にはその曲目リストの提出も
義務付けられているのです。そのデータは使えないのか?

そのデータをそのまま用いるには、正当性に鑑みて問題があるのかも知れません。
(その辺は技術的な問題でしょうが、それもオープンにする責務があるでしょう)
しかし現状の方法は、お金を徴収することには正確性にうるさいが、その分配には
いい加減だ、と思われても仕方がない。と考えます。

というわけで、勉強すればするほどファンキー末吉さんの論理の方が正しい!と
言いたくなりますが、一番納得できないのは、一連の議論をファンキーさんは
なるべく多くの人を巻き込んで公開でやろう、と提案しているのに対して
JASRAC側はそれを否定する。そのあげく裁判でしょう。
(こうなると法律自体がJASRAC側に有利に出来ているのではと勘ぐります)

JASRACのやるべきことは、ファンキー末吉さんと戦うことではなく、
(彼はJASRACにとって敵というより味方なのだと思う)
彼の問題意識を受けて、より広い層に訴えかけて、どういう分配方法がベストかを
公開で話し合うことではないでしょうか。というより
それこそがJASRACの社会的使命でしょうが!
posted by なんくい at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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