2014年01月20日

ファンキー末吉支援の運動に思うこと

今日1月20日月曜日は、西野カナさんの連載記事をお送りする予定で、
記事も既に投稿していたのですが、私のミスで消えてしまっていました。
ショックだったのですが、今思い返すにあまり面白くなかったと思われるので、
その記事はもう少し揉んでから出直すこととします。

代わりにと言ってはなんですが、例のファンキー末吉さんの件でいろいろ
動きがあったので、その報告と、その運動に参加して考えたことを書きます。
長くなりますし、少々辛辣なことも書きますが、我慢して最後まで読んで
頂きたいとお願いします。

先ず気になる支援の状況ですが、1月14日現在で募金額が300万円を超えている!
先ずは上々の滑り出しのようです。でも私の募金はその中には入っていないんです
けどね。私が募金したのが16日ですから。ということはもう少々積み上げがある
と考えていいでしょうね。

そして支援者登録して「応援の声」のところで私の記事にリンクを貼っておいたところ
そこを通じて(おそらくTwitterで紹介してもらったところから?)私の記事を訪れて
下さったようです。実はトップページもファンキーさんの記事なんですけどね。

さらに、支援の会からの求め(ファンキーさん名義のメールでしたが)に応じてイーガブ
という電子政府のところへ意見を書きました。こういうことしたの初めてですよ。
パブリックコメントというのは書いたことがありますが。(これは後述します)
私のコメントはこちらから見ることが出来ます。他の人の意見も参考にして下さい。

今(1/20)現在、支援者として登録されている方は約600名。ファンの方が多いんですかね。
爆風スランプは人気バンドでしたから、かつてのファンなどを掘り起こせば、うまく
行けば数千人の規模まで持っていくことは出来るでしょう。(そのためにも広めなきゃ
ですけども)それくらいの人数で裁判を支援することが出来れば、裁判の行く末など
にも良い影響を与えられるんじゃないかな、と希望が持てます。

ただ、私はこの運動に出来うる限り深く関与して行くつもりですが、過去何年も様々な
問題を見てきた人間として、支援している皆さんに考えていただきたいことがあるのです。
2つあります。1つは運動の持続性と連携について。1つは運動の広げ方についてです。

Patti Smithは「People Have The Power」と歌いました。私もそう信じています。
ですが、その「力」の生かし方が問題。私たち自身が自身の力の使い方を分かって
いないのではないか。そう思ってしまうことが多々あるのです。

10年ほど前に「輸入盤CD規制問題」というのがありました。邦楽のCDを海外で販売する盤
の輸入が、主に量販店で安く売られていて、それじゃ正規のCDが売れない。ということで
輸入盤を規制できるように著作権を変えようとした。実際に変えたわけですね。
それに対して音楽ファンが怒りの声を上げた。そんなことがありました。

結局その声を無視できなくなった文化庁が法律の適用について譲歩するということで
話がつき、そこで立ち上がったリスナーたちが「Music Watchdogs」という組織を
作りました。watchdogとは「番犬」という意味で、権力の横暴を監視するという意味合い
を持っていました。その残骸がこちらです。10年前のものがまだ残っていますので。

この動きは非常に大きかったのですが(私もパブリックコメントを書きました)、そして
運動の後という視座もあったのですが、これが10年どころか5年持たないわけです。
(なんだかんだで2009年くらいまでは実態はあったらしいですが、不明です)
その後違法ダウンロードの問題も、瞬間風速的に怒りは噴き上がりますが、続かない
わけですよ。熱しやすく冷めやすいというか。

一方でJASRACや権利を持っている団体は組織立っていて、持続力がある。ですから
一時的には譲歩しても、長い目で見て自分たちの権利を拡大しよう、という執念がある。
音楽と権利の歴史を紐解いてみると、結果的に彼らの権利だけが拡大しているわけです。
(実はここ10年くらいの動きには、それとは別の側面もあります。詳しくはこちら

ファンキーさんとその仲間はもう何年もこの問題と取り組んでおられて(それだけでも
尊敬に値するのです。ここまでの話を読んでもらえれば分かると思います)その間でも
テキさんのやり口はいろいろ変わってきているわけですよね。(ファンキーさんがオープン
にしているのでそれが分かりますが)あの手この手で自分たちに有利に進めようとする。
それは、これからも続くことでしょう。それに抗するにはどうすればいいのか。

今回の「支援者の会」は裁判を支援する趣旨でして、裁判が終了すれば消滅することに
なります。(といっても場合によっては10年近い争いになることも)それは会の性質上
それでいいのですが、もし裁判が終わっても、私達は「戦い」続けられるのか。それは
常に意識を高く持ち、問題意識を更新しておくことだと思うんです。

今の話は時間軸の方向ですが、横へのつながりという部分も同じです。私はこの問題を
「透明性をめぐる問題」と要約しましたが、それこそ今欧米で問題になっている定額制
音楽配信をめぐるお金の話。これなんかと根っこは同じわけでしょう。

だとすれば、定額制音楽配信の問題に関心のある人はファンキーさんの問題に目を向ける
べきだし、逆もまた然りだと思うのです。いろんなことが繋がっているのに、運動は
分断されている。そのことを、歯がゆく感じるわけですよ。

もちろん、専門家でもなければ全ての問題に精通するのは大変だし、だからこそ分業
というか、それぞれの持ち場での役割分担があるとは思います。しかし、繋がっている
という意識があれば、もっと連携できることもあるはず。例えば今回の裁判のような
重要度の高い問題に力を結集させることも出来るわけですよ。お互い様ですからね。

ですから重ねてお願いなんですが、お互いもっと学んで、自分にとっての大事な問題と
この裁判とが「繋がっている」ということを感じていただきたいんです。それと同時に
裁判を支援されている方も、この問題が色々な他の問題とリンクしているのだという
ことを知っていただきたいのです。そのために、このブログの他の記事も参考にして
頂ければ。(って結局宣伝かい!)

ついでだから危惧をもう少し書いちゃいますが、今回の裁判は対JASRACということで、
JASRACの横暴などの問題に目が向くのは仕方ないとは思うんです。ですが、そればかりで
視野狭窄になると危ないのでは。JASRACの背後には音楽の権利を持つ団体があり、
その団体の意向を反映してJASRACが働いているわけですよね。文部科学省や文化庁の
お役人だって、JASRACやそういった団体に天下りしているケースもあるでしょう。

そういう人たちと対峙していく際に必要なのは、1つは繰り返しになりますが、より
深い問題意識を私達が持つこと。そして、相手に「届く」言葉を模索することだと
思うのです。私が文科省に書いたことって、実は落としどころを考えてのこと
だったんですよ。運動ですから圧力をかけていくということも必要ですが、それは
他の人がやってくれているので。私は「公開で何故話し合いをしないんだ」という
点に絞って意見を書いたわけです。私は最初の記事でファンキーさんは実はJASRACの
「味方」なのだという書き方をしました。こういう方向で訴えかけることも大事では?

1つめの問題意識で長々と書いてしまったので、2つめは短めに。(これも同じくらい
重要ですけども)この問題をどうやって外に広げていくのかということですが、正面突破
だけでなく(もちろん正面突破は大事ですよ。そちらも全力で協力します)いろんな
方法を考えるべきではないでしょうか。

ファンキー末吉さんはミュージシャンですし(すでにいろいろ考えて動いてらっしゃるよう
です。行動力には感服!です)支援しようとする人は音楽を愛する人たちですよね。
それを利用した、何か楽しい方法を模索してもいいんじゃないですかね。それが、
どうやら長丁場になる運動を持続するエネルギーにもなりますし、「何か楽しそうだなあ」
という軽い気持ちで参加してもらえるような仕掛けをしていくと、より広がると
思うわけですよ。

じゃあ具体的には何をするのか、というのはこれからなんですけども、そういう方向性も
一緒に考えませんか?という提案をとりあえずしておきたい。私も考えますので。

長文乱文(これを書くのに2時間くらいかかっている!)を最後まで読んでくださって
有り難うございます。意見があればコメントしていただければと思います。
posted by なんくい at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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