2014年05月22日

ファンキー末吉から学ぶ「ロックスピリット」

最近Twitterを始めたのですが、そこで流れてくるツイートで思わず吹いてしまった
ものがありました。(お気に入り登録し忘れたので、正確には覚えていないのですが)
「ファンキー加藤のどこにファンクがあるのか分からない」

一応「ファンク」ではなく「ファンキー」ですからね。ファンキーとなると音楽の
ファンクはあまり関係なくなりますから。ちょっとぶっ飛んだみたいな意味になったり。
(でもそういうことはあまり関係なく面白いツイートでした)

私はファンモン自体は苦手な音楽性でしたけども、ソロになってからの彼はちょっと
ナオト・インティライミみたいな音楽性になっていて、これは成功してるんじゃないか、
とひそかに思っております。ちょっと頭が悪そうな男を演じる彼の詞や歌に、意外と
マッチしているような。音楽的に意外と(失礼!)高度な技が散りばめられていたりして。
結構あなどれないんじゃないか。あまり彼のことは知らないのですが。
(それと、実は私、ナオト・インティライミは好きなんです。ポップスファンは推すべし
 ですよ。いつかきちんと記事にしようと思っていますが)

さて、当ブログでファンキーと言えば末吉! 今回は週末に書いたけど消えてしまった
ファンキー末吉さんの書評記事を、グレードアップしてお送りします。

実はこれも、ファンキーさんの支援の一環として考えています。よくアーチストを応援
するにはその作品を買うべきだ、という考え方がありますけども、現在JASRACと
係争中で嫌がらせを受けているという推測もあり(カゴメのCMの効果はどうなるの
でしょうか。見ものですね)音楽を買うことによる支援の効果は現在疑わしい。そこで、
本という手がある、と考えたわけです。(もちろん寄付もありますよ!)

それと、内容がかなり気になるなあと思ったこともあります。最初はギョッとしました
けどね。何しろ「北朝鮮にロックを教えに行く」ですからねえ。何とち狂ってんだと。
でも、よくよく考えたらそれ自体に政治的な意味合いも何もないですし、そう感じる
自分の感性自体が偏見に塗り固められているのかも知れない、と思いまして。
一体全体どういう内容なのか、自分で確かめたいということで、Amazonで購入しました。

この本は、ファンキー末吉さんが北朝鮮の高校(日本とは学制が違いますが、だいたい
高校に当たるところ。「高等中学校」と言うそうです)にロックを教えに行く、という
内容です。北朝鮮のことをフィールドワークしている学者さんがいて、その人に請われて
ファンキーさんが行くことになったわけです。

ファンキーさんが中国のロックにはまって、そのミュージシャン達と交流をしていることは
知っていました。私、崔健は好きでしたし。それで、2000年辺りから中国に本格的に移住
したりしているそうなんですよ。そういうこともあり、共産圏のことに理解があるという
ことで、ファンキーさんに白羽の矢が立ったそうです。

そして、ファンキーさんを説得するのに「スクール・オブ・ロック」を持ち出してきて
(この辺、その学者さんはなかなかの手練れです)「ロック」に目がないファンキーさんを
見事に籠絡することに成功。かくして「北朝鮮ロック・プロジェクト」は始まるのです。

この本で語られていますが、ファンキーさんが中国にのめり込む理由の一つとして、
爆風スランプで有名になり過ぎて、自分を中身で見てくれない日本の芸能界に嫌気が
さした、ということもあったそうなんです。スターというレッテルに不自由さを感じて、
自分の腕を純粋に認めてくれる場所を求めた、ということだそうです。

つまり、自分を偏見なく見て欲しい、ということがこれらの行動の源泉にあるわけで、
そこで相手に対して偏見を持っていたとしたら、ダブルスタンダードになってしまいます。
自分も偏見なく接して欲しいから、相手にも偏見を持ちたくない。それがファンキーさん
の行動原理として一貫しています。

ましてや、中国というロックをするにはかなり不自由な国でもまれたこともあり、
ファンキーさんの状況や人に対する見方は非常に柔軟です。その柔軟なモノの見方に
導かれながら読み進めていけるので、この本は全般的に大らかで楽観的です。
実際の状況はかなりシリアスなのかも知れない場面でも、ファンキーさんの動じなさ
ゆえに、さほどスリルもなく読み進められます。(そこに力点がないから、ですし)

この本でメインに綴られているのは、北朝鮮の生徒さん達との交流です。といっても
相手はかなり特殊な国ですから、さすがのファンキーさんでも驚くような事態に
なったりします。「どんな特殊な国でも、そこで生きる人の感性を受け入れたい」と
願うファンキーさんでも、北朝鮮の人とのバックグラウンドの違いに戸惑う場面が
ところどころ見られます。そこで、この本が出色なのは、ファンキーさんが自分を
見返るんですね。「オレがこの子達に対して偏見を持っていたのだ」と真摯に反省する。
その姿を通して、私達が知らず知らずに抱いている先入観に気づかされる、という
ところが、この本の重要な読みどころだと思います。

さて、注意深い読者なら、この記事のカテゴリーが「表現の自由と差別」となっている
ことにお気づきかと思います。私がこの書評をそう位置づけたのは、この本から偏見
に対しての身の処し方を学べると考えたから、なんです。この本ではっきりとそう
書かれているのではありませんが、私自身がそう位置づけたいと思ったのです。

ファンキーさんは自ら「ロック」という言葉に弱いと言っておられます。そして、
自らの生き方をロックとして貫きたいと考えておられます。
では、その「ロック」とは何でしょうか。

もちろん様々な捉え方があるでしょう。一つには「自分自身であること」というのが
あると思います。アル・クーパーの「Be Yourself」ですね。自分を貫くというのは
どこにあっても困難なことです。それには、社会の抵抗に負けない反骨心も必要でしょう。
しかし、それ以上に周りの価値観に惑わされない強靭さと、同時に周りを受け入れる
柔軟さが必要であることを、この本は教えてくれます。

そしてそれは、表現者として偏見から自由であること、相手や自分を差別しないこと
とも相通じます。そしてそれは、私がこの音楽のブログで「表現の自由と差別」の連載を
している理由とも重なります。(こう見えて私、血中ロック濃度は相当強いんです)

この本で実は効いている箇所は、中盤に挿入されるチベットでのラマ僧との対話です。
「音楽で人を救えるか」ということをめぐる問答は、この旅の目指す方向をさりげなく
指し示します。そしてそれは、この本の最後にある「私自身が成長するための旅」という
言葉に収斂していきます。

この本を最後まで読んで気がつきました。今、このブログでファンキーさんの支援を
呼びかけていますが、これは実は私達がファンキーさんから「ロックスピリット」を
学ぶ機会をもらっているということではないかと。彼と共に闘うことを通して、
ファンキー末吉という不世出のロケンローラーから大事なレッスンを受けているのだと。

実際、裁判というのはシリアスな事態ですけども、これだけの修羅場をくぐり抜けてきた
ファンキーさんにとっては、そこまで大したことじゃないのかも。JASRACの
お役人さんとは役者が違うでしょう。(私は、本当の敵はJASRACじゃないと
思っていますが。その話はまたいずれ)裁判の結果がどうなろうと、歴史は正しく
裁くはずです。長い長い目で見れば、ですけどね。

ここは私一貫していますけども、この裁判は私の、そして皆さんの大事なことと
つながっている。それを守り、貫いていくための闘いであると。私達が与えるというより、
ファンキーさんからとてつもなく大きなものを「受け取っているのだ」と感じます。
その「大きなもの」をしっかりと捕まえていきたいと、認識を新たにしました。

本のオススメ記事ですけども、ファンキーさんのHPにリンクするのが一番でしょう。
ここから、かの「イミシン」な曲なども聴けますし。HPからAmazonに行けば、
アフィリエイトもあるかも知れないですから。

http://www.funkycorp.jp/funky/
(本はHPの左側のコーナーにあります)

追記
ここから先は、このブログのディープな読者に向けてのマニアックな話を少々。
実は、ファンキーさん、音楽を楽理的に捉えていらっしゃるところがありまして、
音楽に関する少々専門的な話も入ってきます。この辺、このブログでの
和音講座などを楽しみにしていらっしゃる方にも響くものがあるはずです。

一つ例をあげると、「唐辛子とんぼ」という5拍子の曲があるそうで。朝鮮民族には
5拍子の曲の文化もあって、私達には変拍子な5拍子も彼らには自然なのだそうです。
その曲をアレンジするのに、ファンキーさんはポリリズムを使います。具体的には
5拍子を3連符で装飾するときに、普通は3音ずつ5拍で音を刻んでいきますが、
そこで5つずつの音のまとまりを3つ作るという「分割ポリリズム」を用いたフレーズ
を用意したそうなんです。ところがその難しいフレーズを北朝鮮の少女が初見で完璧に
弾きこなしてびっくりした、みたいな話が出てきます。

音楽的心得のある読者の方なら、そのようなファンキーさんの音楽の捉え方など、
音楽的な面からこの本を楽しむことも出来ますよ。そして、そういうことはよく
分からないけど、これをきっかけにそういう読み方も出来るようになりたい、という
方は、このブログの連載を少しずつ読んでいけば、お勉強していけますよ。
(最後はこのブログの宣伝でした)
posted by なんくい at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現の自由と差別 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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