2017年02月24日

楽器教室「著作権使用料問題」を本気で考えたい人のために

この問題について、だいたい議論は出尽くしたと思うので、さらに議論を前に進めるために
稿を起こします。

楽器教室「著作権使用料問題」(と要約するみたいですね)についてです。
すでに一つ、ちょっと皮肉なトーンで記事を書きましたが、実際はそうやって
騒ぎ立てている人達と、思いは共有してるんです。ただ、この問題にはそれなりに
真剣に取り組んではいて、その分絶望も深いですから、ただ怒っている人を見ると
醒めてしまう自分がいて、あのようなトーンになってしまいました。ちょっと、
分かりにくかったですね。

その反省もこめて(笑)この問題について、論点を整理したいと思います。その上で、
さらに議論を前に進めるための提言を最後にしたいと思います。

先ずは、これを読んでいる方はJASRAC憎しな方が多いでしょうから、テキさんの言い分を
きっちり聞くことから始めましょう。東洋経済がJASRACの方にインタビューした記事です。

JASRAC「金額の問題ならば交渉に応じる」

これを読んでも違和感を感じる方も大勢いらっしゃることでしょうけども、その違和感
の正体はじっくり考えて頂くとして、それでもいくつかの論点は浮かび上がってきたの
ではないでしょうか。

先ずは、法律的にはJASRACの方に理があるということ。おそらく裁判で闘っても、音楽教室
側は負けるのだろうと、私も考えます。次に、営利企業による音楽教室が「教育」なのか
という論点もあるということ。これは、学習塾が教育機関か、というのに似た問題提起
ですね。(実際、学習塾の管轄期間は文科省でなく経産省なので、サービス業だと言います)
これも、議論の俎上に乗せるべき問題でしょう。

さらにJASRAC側の主張では、ヤマハは韓国や台湾などでは著作権料を払っているのに日本で
払わないのはおかしい、と言っています。この事実関係は裁判などで明らかになるでしょう
から、軽々にコメントするのは避けますが、プロレス的な視点からは上手な切り返しだなあ
と感心しました。ヤマハさん、反論するなら早急にした方がいいですよ。

ただ、この記事に対するコメントを見ていると、見事なほどに批判の声ばっかし。ちょくちょく
擁護する声もありますが、ただ感情的な批判が多いですね。「お金のことしか考えていない」
「上から目線だ」とか。中にはいい意見もあるんですが、そこのところは後で整理しますね。

では、そういった感情的な意見については、こういう声にも耳を傾けてほしいです。

JASRACに直接問い合わせてみた。

この方は以前に「自分の歌が使われている割には還元されていない」と不満を述べたのが
ニュースになって、JASRACの職員の方が説明(というかお詫び?)に来たなんて経緯が
あり、JASRACにこの問題について直接問い合わせたんだそうです。

先ほどの理事の人とずいぶんトーンが違いますよね。おそらくJASRACの中の人にも温度差が
あるのだろうと推察されます。でもそういう提言を聞いてくれるのは結構なことですね。
私もいろいろ提言しているので、是非聞きに来ていただきたいものです。まあ別に直接
来てもらわなくてもブログにちゃんと書いてますけどね。例えばこれなんかどうですか。

さらにさらに、Frekulの海保けんたろーさんが、見事に問題の本質を言い当てておられます。

JASRACの何が問題点なのかを解説するから、もう許してあげてほしい

この辺りを読んで頂くと、本当のテキはJASRACではないんだ、ということがうすうすと
分かっていただけるのではないでしょうか。前の記事でも「本丸は著作権法」だと
書きましたし。その著作権法というところで、先ずは議論のすれ違いがあるように思います。

先ず、JASRACやそれを擁護する側の方は、著作権法を今ある形のものとして考え(それは当たり
前ですが)そこに依拠して議論を進めています。しかし、JASRACに反対する側は、著作権法を
こうあるべき、というべき論に依拠している。現実に依拠する賛成派と理想に依拠する反対派。
これじゃあ議論がかみ合うはずないです。

今回の問題は、音楽教室のレッスンが「公の演奏」に当たるかというのが議論のポイントに
なります。それに対して「判例があるから公だ」「そんなの一般的な感覚から乖離している」
と対立していても前には進めません。これは「公的空間と私的空間の仕分けの問題で、著作権法
ではその私的空間の範囲が狭められてきている」とレジュメできれば、それに対する対処や
議論のしどころも明確になることでしょう。もっとも、そこにはネットに代表される今日の
個人と社会の関係の変化が背景にあることも勘案しなければなりませんが。

また、賛成派が現実に依拠して議論していることを指して「JASRACやその擁護者は音楽の未来を
語っていない」という意見も聞かれます。私もまったくその通りだと全面的に賛成しますが、
おそらくテキさん側はそんなことを言われてもピンと来ません。彼らにとっては、現状の形を
維持・強化することが、音楽文化の未来につながると考えているからです。ここでも、議論が
かみ合わないポイントがある。

先日、私はラジオを聞いていて「ハッピーミュージックサイクル」なるCMを聞いて、怒りの
あまりラジオを叩き割りたくなる衝動に駆られましたが、それ自体は正論なんですよ。実際、
音楽家に支払われる金額が減って困っているという現状があるわけですし。ただ「本当に」
然るべきところに還元されているのか? されてないだろう! と、あまりよく知らない
人でさえそう感じている。感づかれている。それが現状なわけです。(本当はその奥に
巨利をむさぼるアンシャン・レジームの存在があるわけですが)

というわけで、今回の問題はどうしても「透明性」の問題と切り分けて考えることが
出来ないわけなんですよ。実際、コメントでも「本当に作者に還元されるのか」と
疑問を呈している人が多いですし。ですから、確かに今回の問題に関して分配の問題を
持ち出されても「それとこれとは話は別だろう」と賛成派の方は思うのかも知れません。
しかし、徴収する先を増やしていこうとする際、どうしても透明性にメスを入れないと
反発を避けることは出来ないでしょう。これまではそれでも、権力でごり押ししてきま
したが、さすがにもう持たないでしょう。

最後に、今回の問題について、少し違う観点(でも大いに関係ある観点)から提言を行おう
と思います。というのも、最近こういうニュースが飛び込んできて、関係あるなあと感じた
からです。

ネットでコンテンツの消費はするが、発信はほとんどしない日本の子どもたち

実際は表現しているけどもネットに公開していないだけかも知れませんが、由々しき事態
ですよね。こういう状況だから「ハッピーミュージックサイクル」か「フリーライド」か
という不毛な対立になってしまうわけですよ。

出来れば誰もが表現者であり表現の受け手である。そんな状況を作り出し、それに見合う
ような著作権のあり方にしていきたい。私には、そんな願いがあります。

今回、教育という場が議論の対象になったのはいい機会です。音楽教室を擁護された方、
是非、ただ擁護するだけでなく、自らも表現の世界に参画していただきたい。(表現の手段は
様々です。別に音楽にこだわらなくてもいい)そして、すでに何らかの表現を行っている方は、
特に音楽の方は、より多くの方がこの世界に参入してくれるような、魅力ある制度作りに
参画していただきたいです。著作権はその重要な柱の一つなのです。でも、全部じゃないよ。
そういう広い視点から、音楽の未来の問題を、多くの人と考えていきたいのです。
posted by なんくい at 02:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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