2013年07月06日

音楽理論の利用は正確に!

Jポップの考察でいろいろブログを巡っていまして
思い出したことがあります。(ちょっと今回、怒りモードです)

音楽評論というか、Jポップの考察とか洋楽離れがどうとか、
そういった洞察では私なんかよりも優れたものはたくさんあります。

ただ、そういったものでも、こと音楽理論、特にコードに関しては
ウソやデタラメが横行しているのが現状なんです。

とあるブログを見て思い出したのですが、音楽の考察は素晴らしいんです。
ただ、その例としてコードとか転調に言及されると
ウソが混ざってしまう。ウソというか、その人が理論を知らない
だけだと思うんですけど。(でも知らないなら使わないで欲しい)
そしてそれは、プロの人の文章でも散見されるんですよ。

今でも覚えているのが、昔ロッキング・オンでレニー・クラビッツについて
(合評していたのですが)批判している文章があったんです。
(名前も覚えているけど書きません。ただ一言「大嫌い!」)
その趣旨は「レニー・クラビッツは昔の名曲のパクリだらけだ」というもので
それはある程度は同意するのですが、その最初の例として挙げていたのが
「Are You Gonna Go My WayはThe KinksのYou Really Got Meと同じコード進行」
というのがありました。(コード進行くらい同じでもいいだろ、という議論は別にします)

チゲーから!!!

あのね、You Really Got MeはGからAへ、長2度上に転調(コードチェンジ)するんです。
(パワーコードなのでメジャーかマイナーかはあいまいですけど)
それに対しAre You Gonna Go My WayはEmからGmへ、短3度上なんです。
(たった半音の違いですけどその違いは大きい)

さらに、You Really Got MeはG→Aの後、Dに行くんですね。要は
一→二→五なわけです。それに対し、Are You Gonna Go My Wayは
GmからEmに戻った後、G→Aと行く。一→三→四辺りをうろうろしているわけです。

全然ちがうでしょ!

iTunesで試聴できるので実際に確かめてください。
You Really Got Me
(ここでの音は私には半音高く聴こえる。キーは言いたいことに影響ないので
 ご容赦を!)
Are You Gonna Go My Way
(試聴はGmのところから始まってやがる。せっかくレニーの名誉のために
 書いてるのに! 2コーラスめはフルで聴けるので斟酌してください)

ロックの曲の場合、メジャーかマイナーかはブルーノートの影響もあるので
少々違っててもいいんです。ただ今回はベースの音が全然違うんだから。
(このライターさん、ギターすらいじったことないんでしょうね)

特定の個人を攻撃することは私の信条に反しますし、
音楽的に間違っているところを直して回る労力もありません。
(それに敵視されちゃうのもヤですし)
ただ、自分のところはせめて音楽的に正確なことを書きたいと思いますし
そこから微力ながら間違った物言いが減ることに貢献できれば幸いです。

これを読んでくれた人は、お願いですから音楽理論について言及する場合は
正確を期して書いてくださいね。一応このブログでは基本から学べるように
しておりますし。(まだ全然途中ですけどね)続きを読む
posted by なんくい at 18:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月18日

「洋楽虎の穴」始めます

Jポップの考察をしている中で「洋楽を聴かなきゃ」なんて結論になりました。

ですが、私がエラそーに洋楽の講釈をたれるのも違いかなあ、と思うんです。
どーせ、私も洋楽に疎くなっているので、私自身勉強するページにしちゃう
方がいいのではないかと。

といっても、昔の洋楽は私、結構詳しいんです。
60年代〜90年代までは、穴もあるけど一通り聴いてきた自負があります。
ですから、最近の洋楽ですね、疎いのは。

そこで「洋楽虎の穴」シリーズと題して、最新の洋楽を聴いてみる
というコーナーにしようと思います。
いろいろなところから情報を得て、その洋楽を聴いて感想を書く。

ちょっと不安もあるんですけどね。一応ちょこちょこと最新のものを聴いたりするんですが
食指を動かされることがほとんどない
「うーん、何がいいんだかよく分かんない」というのが続くのではないかと。

ただ、系統的に聴いていないだけの食わず嫌いかも知れませんし、
本当に自分に合わないものなら、それを考察していけばいいと考えています。

ちょっと一曲だけ試しにやってみますか。今YouTubeでダフトパンク(これは結構好き。
でも古い洋楽ファン向けですよね。ナイル・ロジャースがギター弾いてるし)の新曲を
見たときの関連動画の中にRihannaという女性アーチストがいました。
今、結構人気なんですかね。(調べたら分かるけど今はあえて調べない)



なるほど。こういうノリが今どきなんですかね。4つ打ちをベースとしつつも
リズムは面白い試みがそこかしこになされていますね。
メロディーは個人的にはちょっとしつこい気が。Bメロで4拍目に「ソ」にせり上がる
ところとか、分かるんだけど、ちょっとやり過ぎだと思う。ここに限らず、やり過ぎて
ベタになってしまっている印象。でも一般的にはそこがいいのかな?
途中でマイケル・ジャクソンの「Wanna Be Startin' Somethin'」がマッシュアップ
(引用)されていますね。MJでも渋いところを引用してきますね。



こういうゆったり構えたビートにスネアが細かく切り込んでくるリズムパターン。
こういうのが最近流行っているのはさすがに私でも知っています。
ミッシー・エリオット辺りの延長線上として聴けますなあ。
メロディは基本的に平板な感じ。でも1分49秒辺りのコーラスはかっこいい入り方ですね。

こういう音楽は、繰り返し聴いているとくせになるような音楽ですね。
そういう意味で、これが広く人気を呼ぶというのは分かる気がします。
ただ、個人的にはまだあまり「くせになり」たくはないですね。
たくさんこういう洋楽を聴いていくと感想が変わっていくのかも知れませんが。

今回聴いた作品、前者が2007年、後者が2010年で、最新のものではありませんが、
そういうのはあまり気にせず、あれこれ節操なく聞いていこうと思います。
ラベル:RIHANNA
posted by なんくい at 00:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

元ちとせ〜クロスオーバーするということ

ごぶさたしていたJポップについての考察です。
今回も一人のアーチストを取り上げて、そこからJポップの問題を
考察していきます。そのアーチストは、元ちとせ。

皆さんご存知、奄美出身のシンガーですね。
奄美民謡の歌い手として100年に一人と言われるほどの才能と力量を持つ
天才シンガーです。

そんな天才民謡歌手がJポップというジャンルで出て行くということは、
その活動が「Jポップとは何?」という批評となりうる存在なんです。
素材としてはデビューの頃から完成されているわけで、
その素材をどう料理するか。つまりクリエイター側が問われているんです。
(もちろん、今度は曲を元ちとせ自身がどう歌いこなすかという問題もあるんですが
 何しろ元さんは天才ですからねえ。見事に歌いこなしています)

先ずは、いきなりの大ヒットとなったデビュー曲から聴いてみましょう。
「ワダツミの木」

いやあ、いいですねえ。やっぱりいいなあ。
なんて感嘆にふけっていても始まらないので、クリエイター目線で分析します。
この「ワダツミの木」はスケールの大きいレゲエ・チューン。
レゲエというのはなかなかの目の付け所ですね。いろんなジャンルを抱合出来る
懐の深さがある。そこに、AメロからBメロ〜サビへ登りつめていくメロディ。
そういった名曲(レピッシュが歌っているバージョンもいい)を、あの独特の
こぶし(演歌のこぶしとも少し違う。こぶしを小さく回すんだよな)で歌う。
いきなり大ヒットするのもうなづける、いきなりのはまり具合です。

そして、皆様に注目していただきたいのが、カップリングの「幻の月」という曲です。
ネオ・ビートルズ調の楽曲を元ちとせが歌うと、独特の味が出ますよね。
この曲でいやがおうにも耳につくのが、(試聴部分では)サビ終わりの半終止が
セブンス・アド・マイナスナインという特殊なコードになっているところでしょう。
このコード、コード理論のところで一度紹介しています
ここではC7add-9として紹介しています。ちなみに幻の月ではE♭7add-9です。
メロディもご丁寧にその短9度の音をなぞっています。(メロディはE♮でベースはE♭)
こういったオシャレコードを歌わせるというところに「和洋折衷」を感じさせようという
明確な意思を感じます。(そこが個人的にグッと来るところ)

繰り返しになりますが、元さんは奄美の民謡という強いバックグラウンドを持っている。
それが、様々な洋楽(風音楽)と出会うことによる化学反応。それがJポップアーチスト
としての元ちとせの「キモ」だと思います。
(実は元さん自身の流産〜出産という経験が歌に深みを与える、というストーリーも
 それとは別にあるんですけどね。元さんに平和の歌を歌われると説得力が半端ない)

Jポップについての考察のはじめに「日本文化は外国文化の影響を受けると輝く」という
ことを書きました。その最も幸福なサンプルが、この元ちとせさんの音楽と言えましょう。

元ちとせさんはこれまでに4枚のオリジナルアルバムを発表していて、様々なジャンルに
挑戦しています。その主だったところを紹介しておきます。

1枚目のアルバム「ハイヌミカゼ」いきなり1曲目の「サンゴ十五夜」がドラムのみの
伴奏という思い切ったアレンジで驚かせます。中盤でやっとギターのカッティングが
入るんですが。(その入り方もスリリングです。アレンジの勉強になります)
シングル曲はもちろん、山崎まさよしさんによる「ひかる・かいがら」も人気です。
「ハイヌミカゼ」

2枚目のアルバムの「ノマド・ソウル」この聴き所はユーミンが提供した
オリエント無国籍歌謡(としか言いようがない)「ウルガの丘」ですね。
「ノマド・ソウル」

3枚目のアルバムの「ハナダイロ」これは元さんの「声が変わった」アルバムでも
あるんですが、音楽的な聴き所も多いです。先ずピアノ・バラードの「青のレクイエム」
ギターのアルペジオが印象的なブリティッシュ・インディ風の「蛍草の夜」そして何より
後半の2曲! 上田現さんの詞が泣かせる「祈り」、そしてこのアルバムから参加の
スキマスイッチの常田真太郎さんが渾身のオーケストレーションで聴かせる代表曲
「語り継ぐこと」(ベストアルバムのタイトルになっていましたね)、
そこに初回限定盤では坂本龍一とやった「死んだ女の子」が続くんです。
「ハナダイロ」

4枚目のアルバム「カッシーニ」は上田現さんの死に捧げられた作品。
非常に聴き所の多いアルバムですが、バラードの聴き比べはどうでしょうか。
岡本定義さんによる「あなたがここにいてほしい」
常田真太郎さんによる「蛍星」
坂本龍一さんによる「静夜曲」
それぞれの特色が出たいずれも逸品です。
「カッシーニ」
(実はこのアルバムには、私が個人的に非常に衝撃を受けた曲があるんですが、
 ついこの間までそのことを忘れていました。その話はいずれ)

こうして見てみると、名うてのクリエイターが様々なジャンルの音楽を提供していますね。
その雑食性こそが優れてJポップ的だと思うのですが、欲を言えばエレクトロ系のサウンド
に挑戦してほしい。アコースティックの楽器と合うのは分かるので、ビョークみたいな
路線の元ちとせさんを聴いてみたいです。

ラベル:日本 元ちとせ
posted by なんくい at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月25日

ミクスチャーの系譜を探る

Jポップについて考えるシリーズです。
前回の記事で元ちとせを取り上げましたが
そこで「クロスオーバー」というキーワードを提示しました。

そこでクロスオーバーと言えばミクスチャーロックだろう、ということで
Jポップにおけるクロスオーバーの系譜を概観しておこうと思います。

日本におけるミクスチャーロックと言えば、先ずドラゴンアッシュの名が挙がるでしょう。
今でこそ超メジャーな彼らですが、デビュー当時は居場所がなかったと言います。
ミクスチャーというのはパンクとヒップホップのミックスなわけで、
そのどっちもの陣営から白い目で見られたと言います。
その中でメジャーになって自ら居場所を作った功績はあまりに偉大です。

今「ミクスチャーロックとはパンクとヒップホップとのミックス」と書きました。
だいたいはパンクあるいはハードロック(90年代にはグランジがありましたね)
と黒人音楽(ファンクなどもあったが90年代以降主にヒップホップとなる)の融合
を指すようです。80年代からリビングカラー辺りが台頭し、そこにレッド・ホット・
チリペッパーズやフィッシュボーン辺りが人気を博すようになってきます。

そもそもが「ミクスチャー」という言い方自体、日本の用語らしいですね。日本の
ロック雑誌がこういったバンドを紹介するためにつけられたネーミングらしいです。
(そのせいで海外では通じにくい言葉らしい)
しかしこのネーミング、大ヒットだったんじゃないでしょうか。
様々な音楽を融合しようとする動きは、日本人に合っているんでしょうね。

一方のヒップホップ、これが実はロックとは相性のいい音楽だと思うんです。
アメリカにおける最初の大ヒット曲がランDMCの「ウォーク・ディス・ウェイ」
ですから。(いわずと知れた、もともとエアロスミスの曲)
その前のブラック・コンテンポラリーでは、マイケル・ジャクソンがエディ・ヴァン・
ヘイレンをギターで呼ぶだけで大事件だったくらい、ロックとのコラボはなかった。
生バンドでヒップホップをやるというバンドも、洋邦問わず数多くありました。

にも関わらず、日本におけるミクスチャーバンドの台頭はドラゴンアッシュまで
なかったわけです。(ミクスチャーバンド自体はありました。代表的には
マッド・カプセル・マーケッツ辺り)だから「居場所がなかった」のでしょう。

彼らがワン・アンド・オンリーなのは、ミクスチャーロックの居場所を作っただけ
でなく(もちろん幾多の名曲を作ったこともありますが)その革新者でもある
ということです。特に近年はラテンの要素を取り入れた独自のミクスチャーを
始めています。世界的にもあまり例がないかも知れませんね。(ベックぐらい?)

そのラテンのリリシズムが彼らの歌世界とマッチした曲を紹介します。


しかし、ラテンとのミクスチャーと言えば、忘れてはならない先達がいるんです。

そのバンドは、ザ・ブームです。

ファン以外にも知られている彼らの代表曲と言えば「島唄」と「風になりたい」ですよね。
「島唄」が沖縄、「風になりたい」がブラジル、と彼らが本腰入れて取り組んだ
それぞれ別のミクスチャーというところが面白いですね。

もともとオーソドックスなロックバンドだった彼らが沖縄音楽に本格的に取り組み始め、
さらにアジアの音楽、ラテン・・・と音楽的冒険を繰り広げていくのですが、
それはそれは壮絶なものでした。ミクスチャーって簡単ではないんですよ。
しかも当時すでにたくさんファンがいたのに、そのファンを置き去りにしかねない勢いで
暴走(あえてそう呼ばせていただきます)していったわけなんです。
(そんな時期を共有したこともあってか、今彼らとファンとの絆は特別なものがある)
私は宮沢和史さんの詞がまた好きなんですが、それはいつか歌詞考察で取り上げます。

彼らの激闘の季節は今でもオリジナル・アルバムを順を追って聴けば分かります。
特に「FACELESS MAN」〜「極東サンバ」〜「TROPICALISM -0°」の3枚ですね。

その後幾多のバンドがチャートをにぎわしてきましたが、このジャンルが難しいのは
「〜〜はミクスチャーじゃない」とかの議論が喧しいこと。まあ私は何がしかの融合が
なされていけばミクスチャーだと思うんですが。その良し悪しはあっても、ミクスチャー
じゃないという、というのはないんじゃないか。と考えています。

さて、今回ミクスチャーの系譜としてドラゴンアッシュとザ・ブームを見ていきましたが
そういった様々なジャンルの音楽が並列的に楽しめるようになってきたことが
ミクスチャーが受け入れられる土壌を作ったと言えるのでしょう。
(逆に言うとそうなるまで受け入れられなかった、とも)そこで、
ここしばらくは、日本におけるいろいろなジャンル・ミュージックの受容について
見ていくつもりです。
posted by なんくい at 01:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月28日

洋楽虎の穴1 最近のUSインディはどーなっているのか

洋楽虎の穴、今回から本格スタートです。

といっても前回取り上げたリアーナについて「答え合わせ」しましょう。
(毎回、こういう形で前回聴いたアーチストを調べて報告します)
リアーナって泣く子も黙るトップアーチストなんですってね。
(そのせいか、名前は聞いたことあったような気も・・・)
2005年デビューで、2000年代最もヒットした女性アーチストと言えるそうです。
なんでもバルバドス出身で、カリブ海出身のR&Bシンガーは珍しいとか。
(じゃあグロリア・エステファンはどーなるの?と古いファンは思ってしまう)
R&Bとカリブ海音楽を混合させた音楽って、話だけ聞くと好物なんですけどね。
どの辺がカリブ海音楽の影響なのか、じっくり聴き込んでみるべきでしょうね。

この連載を始める時に考えたのは、どうも2000年代以降あまり洋楽と縁遠くなったのは
その時代から表れてきている英米の音楽の何がしかの傾向に、私がついていけない要素が
あるのではないか、という漠然たる予感があって。それを確かめたいな、と。

というわけで、2000年代に入っても結構聞いていた音楽ってやはりインディ・ロック
なんですね。(ベテランアーチストの新譜は除く)「ニュー・レイヴ」とか言われて
いた時代の新人アーチスト、具体的に挙げると「レイト・オヴ・ザ・ピア」とか
「フレンドリー・ファイアー」といった辺り。「フォッカー」という曲とか相当好き
で愛聴しておりました。「レイト・オヴ・ザ・ピア」まだ新譜出てないんですね。

と思っておりましたら、OTOTOYという音楽サイトで「フジロックから広げる洋楽入門
というこの連載におあつらえ向きの記事を見つけました。そこで最初にUSインディ
のアーチストを紹介しているんです。よし、これなら結構イケルんじゃね。

というわけで、そこで紹介されているアーチストを順に聴いていくことにしましょう。
先ずはHAIMというカリフォルニアの姉妹バンドだそうです。まだシングル1枚しか
出ていないという話ですが、とりあえず聴いてみましょう。



いやあ、やっぱ好きだわUSインディ。80年代にいてもおかしくないニューウェーヴ風味
がたまらん。リズムパターンやギターのカッティングは80年代的。ハモンドとか
キーボードかシンセだかの使い方やイントロやアウトロの唐突な感じは00年代っぽいかな。

あまりにどストライクなので、他の曲も探して聴いてみました。やはり基本80sっぽい
バンドかな、と思っていたら、こういう曲がありました。



これなんかは、前回のリアーナなんかと通じる楽曲(ミニマルなフレーズの繰り返し)
ですね。でも(私には)親しみやすいメロディがあるからか、聴き易い印象を持ちました。

次行きましょう。Local Nativesというバンド。これはちょっとサイケっぽいかな。



これは今風の音像にUSインディの伝統を感じさせる楽曲。これもいいですね。
やっぱインディ・ロックとは相性がいいと思えてきました。

次はアラスカのバンドらしいPortugal. The Manというバンド。OTOTOYの記事には
YouTubeの貼り付けがなかったのですが(バンド名の紹介だけ)ちゃんとOfficialの
音がアップされています。今どきのインディ・バンドは結構みんなYouTubeに音を
上げているんですね。(おかげでこういう特集が出来て有り難いっす)



冒頭のビブラフォンをフューチャーしたパートから途中で曲調が大きく変わりました。
なかなか一筋縄で行かないバンドですね。これも気になります。面白い曲が一杯あった。

続いてはDiivというバンド。OTOTOYでは「Wait」というサイケ・マナーな曲が紹介されて
いましたが、個人的にはこちらが気に入りました。The Cureっぽいですね。



このバンドに限らず、今どきのUSインディは1曲でバンドの音楽性を量りにくい
ですね。「Wait」とこの「Doused」の共通点って楽曲がミニマルってだけ。音像は別物
ですね。(と思って他もいろいろ当たると、その中間みたいな音もあったり。その線
というのはだんだん分かってくる感じなんですが)

最後に聴いてみるのはDeath Gripsというバンド。これはかなり変り種っぽいですぞ。



こ、これは・・・かなり奇天烈なエレクトロ・サウンドに叫んでいるようなラップ。
カッコイイじゃないですかあ。インパクトは抜群ですね。
ここまで、USインディとは相性がいいなあ、と思いつつ、ちょっと保守化が進んでいる
のかなあ、と不安になったのですが、これはいい意味で裏切ってくれます。
やっぱりSonic Youthとかを生んだ土壌は健在なんだと少し安心しました。

ここまで聴いて思ったのは、やっぱ相変わらずいろいろなバンドがあって面白い、
というのは分かりました。個人的にも相性がいいですしね。
といいつつ、感じたのは楽曲での目新しさというよりサウンド面での革新が多い
ような気がしました。もうちょっと楽曲で驚かしてくれる(あるいは超名曲)
バンドがもっとあってもいいと思いましたね。Death Gripsくらい突き抜けて
くれると魅力的ですが。(今回はっきり言ってDeath Gripsが持っていきました)

自分の好きなジャンルの伝統は健在ということで、次はもう少し違うものを聴きます。
posted by なんくい at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月06日

Jポップ時代のファンクについて

久々のJポップ考察です。前回は「ミクスチャー」について考察しました。
そこで、様々な音楽がJポップで楽しめるようになったことがミクスチャーの
台頭を生んだ、という結論に行き当たりました。
そこで、Jポップ時代の様々なジャンルの受容について考察したいと思います。

といっても、すべてのジャンルについて考察するのも非常に大変です。
例えばヒップホップ。日本のヒップホップの歴史を考察しようとなると、
ちょっと私の力量を超えます。(そういう考察の本は好きで、いくつか読んでは
いますけども)ですから、全体の考察につながるいくつかのジャンルについて
取り上げるつもりです。大事なのは、Jポップとは何かという全体への視座。
それを忘れずに考察を進めて参ります。

というわけで、今回取り上げるジャンルは「ファンク」です。

ファンクという音楽は、ジェームス・ブラウンを代表格とする黒人のダンス・ミュージック
の一種です。スライ・アンド・ザ・ファミリーストーン、Pファンクといった辺りが
代表格でしょう。

では先ず、現在の日本におけるファンクのフロント・ランナー「在日ファンク」です。


いかがですか? カッコイイですよね。(本当は「爆弾こわい」を貼りたかったが
オフィシャルしか貼らない方針なので。でも「きず」もいいですよね)
彼らが面白いのが、ループ・ミュージックとしてのファンクを追求できているところ。
これから紹介する彼らの先達と比較しても、そこがよりファンクっぽい。
先達はなんだかんだ言って歌ものですからね。

では「在日ファンクへの道」を探るという意味で、先達たちの音楽を聴いていきましょう。
先ずファンクを追求しつつ、最も「売れた」人は何と言ってもスガシカオでしょう。


彼は非常にストイックにファンクを追及しつつ、歌ものとして成立させている。その
バランス感覚の絶妙さも彼が「売れた」要因の一つなんでしょうね。
もちろん、彼の詞世界が高く評価されていることも大きいんですけども。
彼が世の中的に広く名が広まったのはSMAPの「夜空ノムコウ」の作詞ですから。
(その詞については、後で考察します)

デビュー的にはスガシカオと同時期になりますが、スーパー・バター・ドック。彼らも
日本独自のファンクを確立したグループでしょう。解散したのに公式YouTubeがあります。


これもサイコーですね。ファンクはやっぱり盛り上がる。彼らは日本語のグルーブと
ファンクを両立させた人たちという評価をされていました。ダジャレを駆使した独特の
詞世界も(永積タカシのソロであるハナレグミとも作風が違いますよね)
ファンクと関連があるのでしょう。(これも後で考察)

次に取り上げるのは、スガシカオが重要な先達として必ず名を挙げるFLYING KIDS。
イカ天というテレビ番組でグランプリを取ってのデビューでした。


これも再結成したから公式YouTubeがあるんでしょうか。90年代初頭の音ですが
こうして紹介できるのは有り難いです。彼らは後期にはポップスバンドになってしまって
それも魅力的なんですが、やはりファンクをやっていた頃がサイコーです。

さて、以上がJポップにおけるファンクの先達の代表格です。
これより歴史をたどると岡村靖幸、久保田利伸、米米クラブ、あるいは左とん平
などなど挙げられますが、80年代デビュー以前は歌謡曲で考察しようと思います。
(岡村ちゃんは今回の考察につながっていきますが、他はちょっと別の考察軸が
 必要になってきます)

さて、これらのファンク・バンドを聴いていただいて気づくことがあるでしょうか。
音楽性としては、もう見事にファンク。ファンクを歌ものとして聴かせるという面でも
FLYING KIDSの時点ですでにこの完成度です。ここで既に「正解」が出されていた
と言えるでしょう。(それには、歌謡曲時代の先達の功績もあるでしょうが)

そこで注目されるのが詞世界ですが、見事なまでに内省的なんですよね。
舶来のファンクは見事なまでにぶっ飛んだ世界観を持つわけですが、
それをそのまま輸入しようとは、あまりならないわけなんですね。
しかも、その内省的な詞世界が、ファンクと合っている。
結論を急ぐと、そこに日本におけるジャンル・ミュージックの輸入の問題があるのでは、
と私は考えているのです。(だから数あるジャンルの中でファンクを選んだのですが)

歌謡曲の時代、特にロックをする人たちにとって「日本語」は壁でした。
「日本語でやるとダサくなる」という問題があったのです。
(ここは非常に根本の問題で、このブログでもじっくりと考えていきますけど)
特に日本語のリズムが洋楽的なメロディと相性が悪いと長い間考えられてきたんです。

その上にファンクというのは黒人音楽というよりリズムが重要な音楽の、
中でもよりリズムが強調された音楽ですね。そこにどう日本語を乗せるかは
日本語で歌おうとするアーチストにとっては非常に大きな課題だった。

ですから、FLYING KIDSの「哲学的な内省」というのは大きな発明品だったんですね。
そこには、日本語でやることへの恥ずかしさも含みつつ、それを笑う感覚もありつつ、
(ファンクという音楽自体にユーモアは重要な要素ですけどね)それらを音楽的に
昇華しようとすると、日本語で聞いても違和感を感じさせるフレーズを入れ込んでいく
という手法を取ったわけです。

そして、その内省を突き詰めて自らのやましさやいびつな欲望を解放していく
的確な言葉を「発明」したスガシカオ、一方でダジャレや日本語の響きのダサさ
(あえてそう呼びますが)を逆手に取ったスーパー・バター・ドッグと、その
戦いを突き詰めていったわけなんですね。

在日ファンクの音楽は、それらの先達の成果を受け継ぎつつ、より舶来のファンク
らしさに寄せていった印象があります。日本のファンクが独自の進化を遂げたこと
の一種の反動という面もあろうかと。

まとめます。日本におけるファンクの受容には、特に日本語をどうファンクと
両立させるか、という課題と取り組んだ結果、非常に内省的な日本独自のファンクが
生じたということ。Jポップの洋楽受容の一つの極端な形があると思います。

とすると、次は全く別の道をたどったジャンルを見ていきたいと思います。
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2013年08月10日

サザンが復活する理由

たまたまテレビでサザンの特集を見て感動してしまい、
書きかけていた原稿を差し替えて書いています。
(「Philia」の楽譜は明日お送りしますね)

当方、サザンの熱心なファンではありません。ですが世代的にどストライク
ですし、好きな曲も何曲もあります。桑田さんは天才だと尊敬しますし、
テレビでライブを見ると、圧倒的なパフォーマンスに魅了されます。
「やっぱ一流のエンターティナーだな」と。

ただ、桑田さんがガンから復活して、紅白も見ました。ソロで音楽番組に出ている
のも見て、さすがに衰えは隠せないなあ、と思ってしまっていたんです。

ですからたまたま見た番組でも「曲の力で盛り上がるけど、メンバーの歳に合わせて
ミディアムテンポの曲ばっかりだなあ。それでもこれだけのセットリストを組めるのは
さすがだけど」とか、割と冷めた目で見ていたんです。

いやはや、完っっっっっ全にナーメテーター(マルシー・宇多丸)でした。
桑田さんは「サザンが復活する」ということの重みを分かってらっしゃる。

そう思ったのは、彼らの発表した新曲を聴いてからでした。


これだけだと分かりにくいかも知れないので、歌詞もどうぞ。
http://www.uta-net.com/song/150317/

いやはや、これを知らないとは、私も不明を恥じるばかりです。

番組でも「メッセージを届けるのがポップソングの使命」みたいな発言をされてました。
サザンが今、復活するというのを、単なるお祭りにしなかった、その意思に感動しました。

今調べてみると、早速賛否両論(どちらかというと否が多め)渦巻いているようです。
それ自体、桑田さんの望んだ事態でしょうが、心の狭い私はいろいろ言いたくなっちゃう。
お前ら頭悪すぎだろ!

別に政治的主張は好きに主張すればいいんですよ。
それに対して好き嫌いを表明するのも自由。

ただ、この曲の歌詞は特定の政治的主張をしたり、誰かを批判したり、
ましてや反日でも韓国や中国を支持しているわけでもないでしょう。

ただ、特定の主張をしている人たち(の一部と信じたいが)が、自分と異なる意見について
あまりに寛容でない。周りもそれに流されてどんどん息苦しくなってきている。
そんな事態を憂いている。そういう歌詞なんじゃないですか?
(あくまでも批判をしちゃいけないと言っているのではない。批判が目を曇らせていること
 に対してモノを言っているわけです。ま、頭悪いだろうから分かんないか)

それを、この歌詞に必要以上にカチンと来ている人は、自分の非寛容さを突かれて
怒っているんじゃねえの、と勘ぐりたくなります。
(ほーら、冷静に「ここのこういう部分が違うと思う」とか議論できないでしょ。
 それが出来ていたら、そこまでこの曲を嫌わないもん)
桑田さんがある種の人々を怒らせたくて書いている部分もあるとは思いますが

逆に、したり顔で的外れな批判を言う奴にも腹が立ちます。
「ポップソングに政治を持ち込むとダサくなる」だの
「政治経験もないのに恥をさらすな」だの

バッカじゃねえの!!!!

そんなたわごと並べてるのは、ポップソングの歴史を知らない輩でしょ。
ジョン・レノンやボブ・ディランがどーゆうことを歌っていたか。
キヨシローが死ぬまで何を貫いたのか。

ポップソングは現実から逃避する手段に過ぎない、というのも一つの見識だけど
そうでない可能性だってあるんです。もっと世界の音楽を勉強して発言して下さいよ。
(このブログでもいつかテーマにしてみます)

ついつい熱くなってしまいました。別にこんな場末のブログなんて炎上して構わないし。
と、久々にロック魂が炸裂してしまいました。火を点けてくれた桑田さん、ありがとう。

他の新曲も今のサザンならではのメッセージにあふれていました。
ライブも、さすがのエンターティナーぶりを見せていたことも、言い添えておきます。

続きを読む
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2013年08月13日

「洋楽虎の穴」2 メジャー?ロック編

久々に「洋楽虎の穴」をやります。

前回はOTOTOYの紹介記事を元に聴いたので、答え合わせはなし。
インディ・ロックとは相性はよいということは確かめられたが
じゃあ、メジャーなロックとの相性はどうなの?という実験をします。

でも今、何がメジャーなロックなの?ということをそもそも私知りません。
確かOne Directionというのが全米で異様に売れているというのは
風の便りに知ってはいるので、じゃあそこから聴きますか。
その後は、YouTubeの関連動画から拾っていきます。

では、そのOne Directionから行ってみます。


これ知ってる。めちゃめちゃキャッチーな曲ですね。
2拍3連が印象的な(くどいくらい?)メロディー、シンプルなコード、
あまりロックぽくないアレンジ。いわゆるアイドル・ロックでしょうね。

他にいろいろ聴いてみましたが、バラードがありました。


こういうのを聴くと、カントリーとかの伝統に根ざしているバンドなのかな、と
いう気がします。ギターの弾き語りのスタイル、上がり下がりの少ないメロディー、
どちらかというと淡々と進む曲で、キャッチーではありませんね。
こういう音楽性が根っこにあるということなんでしょうか。

いろいろ聴いた中で、一番気に入ったのはこれです。


これのAメロ辺りの展開はいいですね。わくわくさせてくれます。
ちょっとサビの大仰な展開は好みじゃないんですが。でもこういうサビが
今風なのかも知れませんね。(いろいろ聴いてて、こーゆうのばっかだもん)

では次のアーチストに、と関連動画をあさっているのですが、なかなかロックの
アーチストにいかない。でもまあ、次回以降のヒントにはなりましたが。
(Bruno MarsとかJustin Bieber辺りをどこかでまとめて聴くことになるでしょう)
なんとかJames Bluntというアーチストに行き当たりました。


うーん。サウンドのテイストはあまり好みじゃないんですけど(もったいつけたピアノの
音色とか。でもこういう音色、最近よく聴きます)メロディは魅力的。声は独特で
好みが分かれるんじゃないでしょうか。私は、嫌いじゃありません。

この人の曲をいろいろ聴いてみましたが、バラーディアーなのかな?
バラード調の曲が多い気がします。これなんかも。


曲はかなり本格的というか、今の定番から一線を画したいという意志を感じさせます。
この曲はアレンジもオーソドックスで、これならこの人の本来の魅力が堪能できる
と思いますね。かなり好きです。アップテンポの曲で好みの曲があと1曲あれば、
完全にフェイバリット・アーチストの仲間入りしそうです。

そんなことを考えつついろいろ漁っていたら、こんなのが出てきました。


この曲知ってるぅー! この人が歌ってたんだ。私はてっきりロッド・スチュアート
だと思ってました。ということは、かなりOld Waveな人なんでしょうか。

あれあれ、今回は2組しか聴けませんでしたね。ロック編はもうちょっといろいろ
仕込んでやらないと、ということですね。続編は方式を変えてお送りします。

ただこの2組を聴いていて思うのは、カントリーという要素が全世界的に大きくなって
いるのかも知れない、ということです。そう言えばTaylor Swiftもカントリーですよね。
ということで、次回の虎の穴はカントリー特集です。
posted by なんくい at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月23日

日本におけるレゲエ

これも久々になったJポップ考察、前回は日本におけるファンクの受容について
考察しました。で、今回は日本における「レゲエ」。

大ネタですね。非常にアツイ、かつ誤解も多いジャンルです。
「ジャパレゲ」とまで言われて、市民権を得ています。

その話に行く前に、レゲエについて簡単に触れておきます。
1960年代にジャマイカで誕生した音楽ジャンルで、70年代に
ボブ・マーリーというスーパースターが生まれ、同時にロック
のスターたちが取り上げたり(エリック・クラプトンとか)して
広く認知されるようになりました。

しかし私自身、レゲエの良さを知ったのはかなり後になってからですね。
長らく「あんなもたったリズムのどこがいいんだ」なんて思ってましたから。
今は「究極のリズムだ」と評する意見もよく分かるくらいにはなりました。
(実際、ボサ・ノヴァとレゲエは究極のリズムだと思いますね)

そして私の曲のストックにもレゲエ・チューンが1曲あります。
(しかもウェディング・ソング!)しかし発表するにはもっと良い音
(特にリズム系で)を手に入れてから、と考えています。

では、日本のレゲエに行きましょう。実は草創期というか、まだ日本における
レゲエが認知されていない時期のバンドに、個人的な思い入れがあります。
具体的にはミュート・ビートなんですけど。
そのミュート・ビートの小玉和文の薫陶を受けたフィッシュマンズや
同じくミュート・ビートの朝本浩文がプロデュースしたUAはどちらも
レゲエをルーツに持つミュージシャン(やっている音楽はレゲエだけではない)
でして、私はこの辺りからレゲエの魅力を「学習」した、という経緯もあります。

レゲエのヒット曲の歴史を調べてみたんですけども、メガ・ヒットとなると
織田祐二さんの「Love Somebody」辺りが最初でしょうか。これが97年。
でもこれってマキシ・プリーストとの共演なんですね。意外と本格派。
後、KinKi Kidsの「フラワー」というのもありました。
(さらに調べてみると94年に「パチンコマン」by BOOGIE MANというのがありました。
 これも後述するレゲエの誤解に関係しそうなので、後で触れます)

ですが、レゲエ・アーチストによる最初のメガヒットは三木道三の「Lifetime Respect」
でしょう。大阪弁で結婚相手への愛を歌うという歌詞が話題になったわけです。
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=66199

さらに、日本におけるレゲエの大御所となったのが、何と言っても「湘南の風」でしょう。


彼らの大ブレイクと共に日本のレゲエのイメージも大きく規定されます。
いわゆるタオルを振り回すあれです。それと共にボーカルの声も大きいんじゃない
んでしょうかね。特にドスの効いた声。(湘南の風は複数のボーカルがいますけど)
湘南の風と同時にブレイクしたのが「MEGARYU」。彼らはもう少し爽やかイメージ。


やはりこの2組に代表されるジャパレゲならではの特徴がありますね。
・字余り気味に細かな譜割り(半分ラップに近いんでしょうね)でまくしたてる
 ヴァースと大らかなメロディのコーラスによる構成(2部構成とは限らない)
・日本的な花鳥風月や人間関係を歌う歌詞が目立つ。方言とかお笑いとか
 異様に日常的な歌詞も多い。(ファンタジーとかは極端に少ない)

実は日本におけるレゲエ・シーンというのは非常に強い根っこと広がりを持つもので
ランキン・タクシーさんが育てた世代が前述のBOOGIE MAN辺りで、そこから
1995年に横浜でレゲエ祭が始まり、大きなシーンを持つようになっているとか。
ですからコアな人たちがどんどんメジャーに打って出ている状況にあります。
これなんかはサウンドはかなり革新的です。


この人はまくし立て系で大らかなメロディのサビはありませんね。
やはり歌詞でしょうね。ラスタファリズムの伝統があり、社会的なメッセージを
含む歌詞が目立つオリジナル・レゲエに対して、日本のレゲエは、歌詞においては
完全に日本の主流と言えるでしょう。それゆえの誤解も大きい(レゲエはバカっぽいとか)
でしょうね。それは、実はおバカで誇大妄想的な歌詞が目立つ欧米のファンクに比べて
内省的になった日本のファンクと対照的です。(だからあんまり広がらないのかな)

まとめましょう。日本のレゲエはそれ自体独自のシーンを持つほどの大きな広がりを持ち
それらのミュージシャンからメガヒットが続出するほど広まっている。
しかしそれゆえの誤解と言うか、偏見を持たれやすい状況であると。

私が現状のレゲエ・シーンに言いたいのは、もっと他ジャンル交流があるといいのかなと。
こういうもののようなね。(横山剣さんですね客演しているのは)


先ほど私が挙げたジャパレゲの特徴は上モノの特徴でして、その辺もっと
自由でいいのかな、と思ってしまいます。最強のリズムを持っているんですから。
確固としたシーンを持つ反面、ちょっと閉じている印象を受けてしまいます。

Jポップ考察。次どうしましょうかね。今のところ未定です。
posted by なんくい at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月25日

クラブ・ピープルは周辺の清掃をしてみたら?

ずいぶん前に「風営法とクラブの問題について別に書く」と書いて
そのまま放置しちゃっていました。

いや、書くことはだいたい決まっているんですよ。ただ当時はほとんど
訪れる人がいない過疎ブログでしたから。今はそこそこ訪れてくれる人が
出てきてくれたようなので、こういう具体的な提案を書いてもいいかな。
なんて思います。

この記事を書きたいと思ったのは、風営法改正の問題についてテレビでやっていた
ニュースを見たからです。クラブが摘発されて、という話の後に風営法の改正の話
になったのですが、風向きがおかしくなったのがその次に近所の住民に取材をして
いるんですよ。「営業が終わっても外で客が騒いで五月蝿い」「子どもの通学路なので
ゴミが散らかってたりして不快だ」(記憶に頼っているので内容は正確じゃないです)

そのニュースの造り自体、一方向へ誘導しようとしていて問題だと思いましたが、
クラブやその客にも問題があるのではないか、と思いました。

そこでタイトルにあるような提案になるわけですが、私が思い出すのはフジロックの
闘い方です。今でこそロックフェスは日本に定着しましたが、その先駆けである
フジロックも、初年度は台風に見舞われ、大変なことになったんですよ。
死者が出なかったのが幸い、というくらいで。帰るに帰れず追い込まれた客が暴徒と
化したとか、様々な問題がひき起こりました。当然、地元はカンカンです。

それで翌年東京開催を余儀なくされ、それもメディアや周囲の偏見にさらされ、
フジロック自体これから続けていけるのか、不透明なほどだったんです。

そこで客も備えましたね。やったことは主に2つです。先ず自分の身は自分で守る。
熱中症とか反対の台風とか怪我とかに備えて準備を万全にするということ。
もう一つは周囲の環境の保全。その会場周辺にゴミが散乱して周りに迷惑をかけないよう
最低限自分のゴミは持って帰る。出来れば周りのゴミも拾う。ロックメディアも
フジロックを成功させようと、そういった事前の周知活動に熱心でした。

今日のロックフェスの隆盛は、その辺から蓄積されたノウハウあってこそ、なんですが
日本でこういったものを定着させるには客のモラルの向上は必須だと思います。

今後、クラブの営業がどの程度まで認められるのか、それは訴える側の熱意とか
いろいろな政治的要素もありうるでしょうが、やはり周辺の人たちに理解してもらって
初めて「クラブという文化」も成り立つのではないでしょうか。

清掃というのはあくまでも一つの案です。他に楽しく出来て周辺の人たちがハッピーに
なれるアイデアがあれば、それをやっていけばいいと思います。ただ、自分たちの権利
ばかり訴えるのでなく、周辺の人たちを味方につける、という発想がなければ、
この運動は有効な果を結ばないのでは、と危惧しています。

以上、音楽は好きだがクラブへはほとんど行かない1ファンの意見でした。続きを読む
posted by なんくい at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする