2017年08月08日

藤井隆REMIX ALBUM"RE:WIND" TOUR & ikkubaru Japan Tour 2017

行ってきました。8月5日、大阪心斎橋での藤井隆さんのリミックス・アルバムの
リリース・パーティー&ikkubaruのJapan Tour。おまけにゲストに脇田もなり。
完全に俺トクじゃん? てことで、お休みの日で行けたこともあり、行ってきました。

最初に登場したのが脇田もなりちゃん。冒頭「泣き虫レボリューション」で盛り上げ、

ドロップされたばかりの1stアルバムからの曲を次々と披露していく。中でも
アルバムのハイライトと言える、長谷泰宏さんによる「祈りの言葉」は、この先
20年、30年と歌っていける、本格派シンガーへの道筋を感じさせてくれる出来でした。
(本人は「盛り下がる曲を歌って」と謙遜していましたが)

続いてDJとして登場したのが、藤井さんのREMIXアルバムにも登場しているPARK GOLF。
音の抜き差しが印象的な先鋭的なトラック(和音づかいが面白い。ちょっとAvec Avecを
彷彿とさせる)が面白かった。ただ、PARK GOLFさん終わりで「次までのつなぎで私がDJ
します」と言ってDJを始めたおじさんのDJが素晴らしすぎて! 選曲(キリンジの後に
The Boomをつなぐ)も、つなぎの妙もお見事の一言。そして、オリラヴの「月の裏〜」が
フルコーラス流れて、フェイドアウトして・・・・・・藤井さん登場!!!

初めてナマで見る藤井さんは正しくスターでした。歌もダンスも客あおりもスターのオーラ
ばしばし感じましたし、MCも抜群に面白い。(まあ芸人さんですから当たり前ですけど)
最前列で女子たちがオリジナルの団扇を作ってきてたのですが、それらにサインするなど
ファン・サービスもたっぷり。9月に発売される、ニュー・アルバムから堂島孝平さん提供の
「Dark Night」を披露してアルバムへの期待も抱かせてくれる(今回、シンリズムやスカートも
参加してるんですよ!)そして、リミックス・アルバムに参加しているMACKA-CHINさん(実に
ファンキーお人柄も窺えて楽しかった)やPARK GOLFさんも呼びつつ、充実のステージを見せて
くれました。もうちょっと長く見たかったな。

そして、Michelle Sorryさんの80s洋楽のDJ(これもバンドの準備のためのつなぎ。今回そう
やって客を飽きさせないもてなしっぷりが素晴らしい)を挟んでのikkubaru。2年前に
比べて格段に上手くなっていた! 特にドラム!!!! 2年前はうるさいだけだったのが、
グルーヴィーになり、緩急もついて見事に楽曲に立体感を出していた。ドラムが変われば
こうまで変わるのか、というくらい、堂々としたステージでした。

そして、3曲ほど披露された新曲が、どれも素晴らしかった! 特に「Silent」という楽曲は、
Prefab Sproutばりの上品なひれりポップス! 今回、コードワーク、特にベースが面白い
動きをするんですよ。また新しい扉を開けつつあるというか、イっくん才能あるなあ。

今回のライブのハイライトは、もなりちゃんを招いての「cloudless night」(やっぱり上手い
なあと再認識。その前のゲスト・ボーカルの方が今ひとつだったので)からの、藤井隆さん
を招いての「未確認飛行体」。後ろのDJブースにもなりちゃんとPARK GOLFさんも登場して
踊り、ステージ脇にはMACKA=CHINさんもいて、さながら本日のオールスター勢揃いといった
趣で大団円。こんなに楽しくていいのか、というくらい良かったですね。
posted by なんくい at 07:58| Comment(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月03日

わいせつと表現規制(6)公序良俗という曖昧な概念を微分する

これまた久々の表現の自由と差別の記事です。また、去年の辺りからじっくり
考察してきた「性表現の問題」についての、取りあえずの最終章になります。

ここまでは、性表現を規制する根拠として、人権の観点性犯罪助長の観点から
考察してきました。ただ、これらの2つの論拠は実は最近出てきたものでして、
だいたいにおいて性表現は、今回展開する「公序良俗を害する」という理由で
規制されてきたわけです。

実は私は、先の2つの理由を掲げる人だって、その気持ちの根底にはこの考えが
あるのではないかと疑っています。実際は自分の性的羞恥心を刺激されるのがヤな
だけなのに、理論武装として上の理由を纏っているだけではないか。いやそれらの
理由だって大事ですけども、この「公序良俗」なる気持ちは意識されにくい分、
議論の俎上に載せにくく、しかも議論の気分を左右している可能性も否定できない。
ならば、この「公序良俗」なる概念について、きちんと考察しておくべきだろうと
当初は考えたのです。(ところが、考察を進めるうちに・・・なんですけども)

先ずは、過去の判例にあった文言から引用してみましょう。(といっても孫引きですが)
「徒に性欲を興奮又は刺激せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義に
反するもの」
とあります。最後の「善良な性的道義」というのは意味不明ですが、最初の
2つは分かりますね。つまり、他人の性欲を刺激してはならない、ということ。そして
性的羞恥心を害するということ、この2点については考察できますね。(その上で、最後の
「性的道義」について考察を進めましょう)

先ず、他人の性欲を刺激してはならない、という点ですが、性欲というのはなかなか自分で
コントロールするのが難しいものですよね。なので、自分が望んでいないTPOで性欲が
刺激されることを良くないとしているわけです。これは分かりますね。仕事を真面目に
しなきゃならない時に性欲を刺激されても困りますもんね。

次の「性的な羞恥心」ですが、これは2つの意味があるのかなあと考えます。一つは先ほどの
性欲を刺激されることへの羞恥心。これは1つ目の意味と差別化する意味がないと思うので
実はもう一つの意味、他人の性を見ることへの羞恥心もあるでしょう。しかし、他人の性を
見ることが、どうして恥ずかしいのか、ということは、考察に値することです。

それについては、人は他人の性行為を見るのに嫌悪感を抱きがちですよね。性行為だけで
なく、性的な何某かを垣間見てしまうことにも嫌悪感を抱きがちです。それは、先のTPO
に関することとはレベルが異なるでしょう。だいたいいつ、どんな時もイヤですよね。

ただ、男の人なんかはAVを好んで見たりしますが、あれだって他人のSEXですよね。それに
ついては、おそらく男優さんを自分と重ね合わせることが出来ているからAVで興奮するの
でしょう。反対に、感情移入できなければAVは気持ち悪い代物になるのだろうなと考えます。
(寝取られフェチみたいな人もいるのですが)わい談なんかも、そこに入り込めるのなら
楽しいのでしょうが、でなければ不快に感じることでしょう。

つまり、性に関するものは、そこに入り込めれば快を得られるでしょうが、そうでなければ
不快になる。と考えると、性というのはその機能として内と外に分けてしまう宿命にある
と言えましょう。そこに入り込めない人を排除してしまう。だからこそ、関係ない人達に
嫌悪感を抱かせるのでしょう。

そう考えると「正しい性的道義」とか「性的羞恥心」とか仮面を被っていますが、要は他人の
性的な嗜好を知ることへの抵抗感が根っこにあるということなのでしょう。であるから、性は
あくまでもプライベートな領域に押しとどめておくことに社会はしているのだと考えられます。

私達は、他人の性に関しては寛容度が低いということは知っておいていいことでしょう。
それと共に、表現する側も、性的な要素を使う時には、性のそういった機能を承知し、その
リスクを考えた上で使うべきなのだと考えます。性というのは、特定の人と強く結びつける
機能を持つ反面、そうでない人を排除する面もあるということを。それを知った上で性的な
表現を行使すべきなのでしょう。

次は何を書くか。今勉強していることも色々あるので、そこからまた考えるつもりでいます。
posted by なんくい at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現の自由と差別 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月01日

虹コン「じゃんぷ!」があまりに不遇なので良さをプレゼンする

今日は虹コンについて書きます。(てゆーか、彼女達を取り上げるのは初かな)

4月にメジャー・デビューして(なんだね。もっと大御所だと思ってた)彼女達。
この夏はなんと3曲も夏曲をリリース(の割になんで発売が9月なんだ、と思うが)
という攻めた展開を見せてくれています。







3曲3様! 最近のアイドル楽曲の傾向を押さえた手数の多い(ちょっと電波ソングっぽい)
「キミは無邪気な夏の女王」に、インディ・ロック然とした「じゃんぷ!}、そして一転、
トリップ・ホップ的でアダルトな魅力にあふれた「夏の夜は短すぎるけど…」と、いずれも
定番的な夏ソングのパターンを外しつつ、新たなスタンダードを打ち立てようという志の
高さを感じさせます。推せるね。

ところが。この3曲の中で2曲目の「じゃんぷ!」がどうにも評価されていない気がして。
再生数も一番少ないですし、評判も他の2曲に差をつけられているようです。ですが、個人的に
イチオシは「じゃんぷ!」なんですよ。というより、今年も幾多の夏ソングが出されています
けども、その中でもリリスクの「夏休みのBABY」と双璧なくらいスキ。いやこの曲もっと
大騒ぎすべきだろう!と怒りに似た感情さえ抱きます。

確かにね。一番分かりにくい曲ではあると思うんですよ。「キミは無邪気な〜」は分かりやすく
ポップな面もあり、手数も多いからインパクトあるし。一方で「夏の夜は〜」はモー娘の影響
下にある楽曲で、そういう意味では理解される素地がある。それに対して「じゃんぷ!」は
支持されやすい層がちょっと違うという面もあるのでしょう。

ですが。虹コンファンの皆さん。これ試されていますよ。こういう先鋭的な楽曲をファンが
受け入れるかどうか、というのは虹コンがこの先世界を広げていけるかの試金石だと思う
わけです。かつて「愛のタワー・オブ・ラヴ」を早い段階で理解したNegiccoファンのように
こういう「攻めた」楽曲をファンが理解してくれたら、もっと冒険できるし、その結果
どんどん世界が広がってくる。(そして、新規のファンが入る余地が増える)

ということで、おせっかいですが私がこの曲の魅力を楽理的に少しだけ解説しようかなと。
読者の方にあらかじめ申し上げると、そこまでちゃんとした楽理解説じゃないです。
このブログの初期の方でやっていた、かいつまんで解説する程度のものです。
(ファンの方が望むのであれば、正式なものを書くつもりはありますが、その場合には
 少しお時間を頂きたいです)

先ずこの曲のキモはメロディなんですね。それも、定型から少しずれているのが少し
難解だけども、非常に新鮮でカタルシスがある。先ず、サビの「いっせーのでJump!」
からしてヘンでしょ。上昇形のメロディで盛り上がるんだけども、最高音がE♭。
この曲のキーである音ですよ。ところがここのコードがB♭というドミナントの位置
にあるコード。となると、ゴールに向かっているメロディだけども、そのバックの
コードがその対極にあるコードだから(ちなみにバックのコードに対して11度。この
11度がこの曲のキーワードになります)こういう風に奇妙に聞こえる。その響きの
妙を味わうのが、この曲のポイントだったりします。

ちなみにこの曲、このようなメロディとコードのずれがちょくちょく起こっていまして。
Bメロの頭のB♭もバックのコードFmに対して11度という当たり方をしている。
(ここのメロディの音形も、B♭→A♭→E♭とサス4的に降りているのも印象的)
サビの頭もFmに対してB♭で始まっていますね。要所要所を11度で攻めていくのは
これだけ色んなメロディの進化を遂げてきたJポップでもあまりないパターンですね。
それも、非常に上手にその効果を使っている。

それには、典型的なパターンを基本的には踏襲しつつも、要所でハッとさせられる
コード使いをしていることも挙げられます。具体的にはAメロ終わりのCaugのコード
(ギター・ポップで増和音を使うのは珍しいですね)や、Bメロの終わりの3つの
コード。A♭min7とマイナーになるのは特徴的(しかもそこでメロディがB♭→G♭
→F→E♭とE♭mのコードを思わせる音形をしているのも新鮮)ですが、そこから
B♭でドミナントで終止するのかと思いきや、そこからCへ行くんですね。いわゆる
六のメジャー形(つまりサビ頭の二の和音に向かう副五ですね)ですが、ここで終止
するのはかなり「おや」と思いますね。(その後サビにきれいにつながるので、その
カタルシス感も大きくなるわけですが)

サビはいわゆるツー・ファイブという良く用いられる定型コードなんですが、真ん中
辺りでD♭というコード(E♭のキーからは、♭七の位置)になるのが新鮮ですね。
(しかもそこのメロディがE♭→B♭と、これまたコードとずれているのです)

2コーラス後の展開もユニーク。最初の「Chu Chu Chu Lu Chu」のところはいかにも
Jインディー的な展開。バックのギターが相当狂っています。そこからワン・ノート
的なメロディになるところ。ここはFのメロディに対し、Gm→A♭とコードが動く。
これもコードとメロディが7度→13度と不安定なところを行ったり来たり(いやメロディ
は動かないからコードの出し入れですけどね)している。そこから2回目では途中で
メロディがFからB♭にせり上がる(こちらはGmに対しては3度と安定します。
A♭に対しては9度ですが、経過音的に聞こえるのでそんなに不安定にはなりません)
そこからは割と定型的なメロディ使いでだんだん盛り上げていくのですが、ピークの
「どれもこれも夏のせいだ」のところで、Fmin7→Bdimなんてコード進行を挟んで
きたりする。(その陰り具合がタマラナイんですよね)

こんなところでしょうか。これ以上やると、本格的な楽理解説になっちゃうからね。
コードとかメロディのことを専門的に書いていて、わけが分からないと思うかもですが、
要はこの曲の一筋縄ではいかない響きには根拠があって、それを楽しむのがこの曲の
ツボなんですよ、ということが言いたいのです。多分、心さえ開いてくれれば、聴いて
いるうちにその魅力が分かってくれると思うんですけどね。その助けにこの記事が
少しでもなれば、うれしいです。

例によって質問はいつでも受け付けています。虹コンのファンの方とは交わったことは
ないのでコワい部分もあるのですが、質問や意見には真摯に丁寧にお答えするつもり
ですので、まあお手柔らかにお願いしますね。
posted by なんくい at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする