2017年07月15日

リリスク、プラチナ期の始まりか?

この記事は、先日アイドル横丁での彼女達のライブ動画を見て、不覚にも泣いて
しまったことから書こうと思って書く記事です。

lyrical schoolは皆さんご存知のアイドル・ラップグループ。というよりその
アイドル・ラップの草分け的存在として、そのひな形を作ったというシーンへの
功績の大きいグループです。記憶に新しいところでは、去年のメジャー1stシングルの
MVが大変話題になるという痛快事もありました。


ところが。今年の2月にオリジナルメンバー達がこぞって卒業。途中加入のminanさん
himeさんの2人だけになってしまうのです。それと共に新メンバーの公募も始まった
のですが、実は矢口真里の火曜The Nightに2人だけで出てるのを見て、2人だけで
全然成り立っているのを見て「ここに下手な人が入るのもヤだなあ」くらいに思って
おりました。

なので件の動画も半信半疑で見始めたんですよ。ですが、思いもよらず持っていかれた。
こんな短期間でここまで仕上げてくるんだ!

先ず新メンバーが躍動している。3人3様の個性が爆発してる。特にrisanoさんは「誰この
子?」と検索かけてしまったくらい。スキルがどうというよりもステージを楽しみまくって
いるのが頼もしい。(実際よく見るとスキルの必要な部分はベテラン2人に振られている)

そしてベテランの2人。先ほど「2人だけで成り立っている」と書きましたが、そんな
安定感もありつつも、この2人も楽しさが爆発している。溜まってたんだろーな。ライブ
したかったんだろーな。そんな気持ちが溢れている。

さっきから「楽しさ」という言葉ばっか書いてるけど、それが新生リリスクのキーワード
だと思うんですよ。もちろんかつてのリリスクこそ楽しさが売りのグループで、その
パーティー感がグループの旗印でるくらいだったんですけど。その楽しさが受け継がれて
いるというか、新メンバー達に何より優先して体現させようとしたのが楽しさだった。
その辺、すごく教育がしっかししているなあと感心しますね。ベテランの2人も背中を
見せるという意味では、率先して楽しんでいる印象があって、好感が持てます。

そういうリリスクのイズムを継承していくという意思の元生じている楽しさだからこそ、
新生リリスクの楽しさには「泣ける」という要素が入ってくるのだと考えます。

オリジナルメンバーがいなくなって続く、という意味ではモーニング娘。の道を歩み始めた
lyrical schoolがどんなストーリーを紡いでいくのか、これからも要注目でしょう。

新生リリスクの第1弾シングル。今年を象徴しそうなサマー・チューンですよ。
タグ:lyrical school
posted by なんくい at 10:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月13日

Negicco「愛は光」公開!

何はともあれ、先ずは聴いていただきましょう。



まあKIRINJIがやってんだもん。いいに決まってるだろう。
高樹さん作詞作曲で、今のKIRINJIが本気出せば名曲が出来る
に決まってる。そういう意味では驚きはなかったです。

ただ、この曲の情報が出てから、興奮しつつも一点だけ懸念材料
があったんですよ。というのは、あまりに集大成感が出過ぎて
「終わり」を感じさせるものになっていたらヤだなあ、と。
その心配は杞憂でした。Negiccoは自分なりのペースだけど
続いていく。今の世の中のスピード感からしたらもどかしい
けれども、そうやってここまで歩んできたんだしね。それを
感じさせてくれる楽曲で、良かったです。

しかし、私実は今年になってから、結構アイドルに詳しくなった
のですが、今のアイドルシーンからしたら、あまりに異質。
いや、Maison book girlとかsora tobu sakanaとか多様な
表現は出てきているけど、それとも全然違う、異質であって
王道でもあるという。(昨今のアイドルシーンを総括したような
楽曲にも感じます)やはりNegiccoは別格!!!と改めて感じて
しまった次第です。この曲がTIFで流れると想像するだけで…!
(Negiccoって今のアイドルシーンでは大御所扱いみたいです。
まあ存在自体キセキみたいなもんでしょうからねえ)

そして、楽曲ももちろん素晴らしいのですが、3人の歌唱も
絶妙につたないというか、まだ完全に楽曲の世界をモノにして
いない感じが新鮮。それからすると、ここ最近はちょっと洗練
され過ぎていたかもと思ってしまうくらい。(いやそれで全然
構わないんだけどね)もちろんこれから歌い込んでいって洗練
されていくのでしょうが、この加減で音源になっているのが
貴重な気がします。

ただそれは、ファンである私達にも言えることで、この曲、
聴けば聴くほど沁みてくる。これからこの曲と共に歴史を
重ねていくことで、意味が深まっていく。そんな楽曲に
なることでしょう。というより、この曲と共に年輪を重ねて
いけることにシアワセを感じます。

かつて「Negicco 2003~2012 -BEST-」の1曲目に
収められていた「Party on the PLANET」は、
これまでの歴史を総括しつつこれからの快進撃を
予感させてくれるつくりの楽曲でした。
今回の「Negicco 2011~2017 -BEST- 2」の1曲目に
収められる「愛は光」は、これまでのNegiccoの活動の
果実でありつつも、これからの彼女達を指し示す道標
のような楽曲になることでしょう。


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タグ:Negicco
posted by なんくい at 10:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月11日

アイドルに「哲学」って?

哲学というものは、言語の明瞭さを使って世界を暗くする営為だと私は考えています。
ここでポイントなのは、世界を「暗くする」ということ。「明るく」ではないところに
重要な意味があるのです。

よく哲学の本を読んで「よく分からない」と文句を言う人がいるんですが、実はその人に
哲学が「正しく」作用しているんですよ。ただ、その状態が意味あることなんだという
ことが教育できていないだけで。混迷の度を深めるこの社会で、あるいはシンギュラリティーが
現実化しそうな現在、私達の身の回りの「分からなさ」に向き合う哲学は、今後重要性を
増すことでしょう。

いきなり哲学についての個人的な考察から始めたのは、何を隠そう、本稿の主人公である
「フィロソフィーのダンス」についての考察につなげたいからです。もう彼女達のことは
これを読んでいる皆さんの中には、私なんかよりも詳しい方も沢山いらっしゃるでしょう。
念のため、知らない方のために音を貼っておきます。





いわゆる楽曲派()と言われるアイドルの現状における代表格といっても過言でないでしょう。
ファンクを中心とした80s洋楽テイストは、Especiaの不在を埋める存在となっている、という
見立ても出来るのかも知れません。(実際、ペシストさんが流れている部分もあるみたい)

ただ、Especiaが実は一筋縄ではいかないグループだったのと同様、フィロのス(フィロソフィー
のダンスをこう略する)も実は一筋縄ではいかないグループなんですよ。実際は安定感ある
「安心商品」的な需要のされ方をしていると思うんだけど(まあここまで、見事に外してない
からね)というのを、ここから書こうかと思います。

先ず「Funky But Chic」という秀逸なグループ・コンセプト。これは音楽性の説明でありながら
グループ自体のコンセプトも説明しているという優れものですね。「Chic」というとあの
グループへのオマージュも感じますし。熱情とクールネスという対比の意味も込めている。

ただ、ここでのポイントは「But」だと思うんです。「Funky And Chic」でなく「Funky But
Chic」! そこには対立する要素がただ共存しているのでなく、ある種の緊張感をもって
併存しているという含意があると考えられます。

その構造はバンド名にもあるように感じます。というのも「フィロソフィーとダンス」でなく、
「フィロソフィーダンス」。ちなみに英語では「Dance for philosophy」
直訳すると「フィロソフィーのためのダンス」あるいは「フィロソフィーに向けたダンス」。
ここにも、なかなか一筋縄ではいかない構造が、ほの見える。(あ、ちなみに「フィロソフィー」
とは「哲学」のことです)

そもそも哲学というものも、伝統的にただの座学というより実践を重んじる傾向があるよう
なんですよ。各人が生活する現場を重視する。それでいて、単なる実学ではなく、その生活の場
から切り離した考察(その典型が形而上学)も同じく大事にする。言ってみれば、その両者が
円環構造のように行き来する。そういうあり方は、彼女達の現状を上手く表しているように
思えるのです。

今は「アイドル冬の時代」に差し掛かると言われ、またアイドルとアーチストの境目という
のもよく分からなくなってきている時代です。結局東京女子流もTIFに出るしね。そういう
混迷の度を深めるアイドル・シーンに、加茂啓太郎というブランド・ネームと、ライブ・
シーンから2名スカウトしてきたという出自(道理で歌上手いわけだわ)から、いわゆる
アーチスト寄りな扱いを受けるグループではあるでしょう。

ところが、ファンの方ならご存じの通り、彼女達は意外とアイドル的なスペックも高く、
グラビア企画でグランプリを取っていたりなんて実績もあるんです。アイドルの多様性を
体現したかのような佇まいにしろ「こういうアイドルだよね」というイメージを引き受け
つつも、軽やかに裏切るあり方が、非常にクールだし現代的だと思うんですよ。

と言いつつも、フィロのスのあり方自体、完全に新しいというわけでもなく、微妙にNegicco
的だったり、Especia的でもあったりする部分もある。まあいたずらに新しくしようとしても
今は3776(ニューアルバム、やばいっす)とかと対抗していかないといけないですから。そこは
目指さなくてもいいんですけど。

フィロのスを見ていて突出していると感じるのは、足に地がついている感じ。非常に真っ当
なんですよね。別にアイドルかアイドルでないかなんてどーでも良いと思っているような。
実際に加茂さんが「アイドルである方が出ていける場が広がるから」と非常に現実的なことを
言っていましたし。その真っ当さが、現在のアイドルシーンへの批評になりえるくらい、
事態は混迷しているとも捉えられるのですが。しかもその混迷とはアイドルシーンだけでなく
音楽業界全体と考えるべきでして。「ボーカル&ダンス・ユニット」と言っても居場所がない
わけですからねえ。

その意味では、彼女達がここからどう活躍していくかというのは、音楽業界の未来がどうなるか
を占う試金石のような意味合いもあるのかなあと(大げさかも知れないけど)思って見ています。
彼女達、たくさん曲は発表しているので、どんどん音源化してほしいですけどねえ。(その辺の
あり方も結構不思議なんですけどね。未音源化の楽曲が多すぎる・・・)
posted by なんくい at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする