2017年07月30日

サブスク時代の洋楽楽理解説 #17 Cheap Trick「Surrender」

毎月月末恒例と化している洋楽楽理解説。だいたい80年代の曲ばかり解説して
おりますが、今回も1970〜80年代に活躍した(モチロン今も現役ですが)アメリカは
シカゴ出身のCheap Trickを取り上げます。

このCheap Trickは先に日本で人気が出て、そこから本国のブレイクにつながったバンド
なんですよ。今では考えられないですよね。それも彼らが日本限定でリリースした
「Cheap Trick at Budokan」がアメリカで逆輸入リリースされてヒット、という
ちょっと奇跡みたいなブレイクの仕方。その意味でも日本人にとって思い入れの深い
グループだったりします。(「ジョジョの奇妙な冒険」で知ってる人もいるかも)

彼らの魅力は何といってもギタリストであるリック・ニールセンの書く楽曲の良さ。
ほど良く甘くポップな曲が、小気味の良いロック・サウンドに乗ると、誰もが恋に堕ちる
素晴らしいロック・チューンになる。それは、今回取り上げる「Surrender」を聴いて
頂けると一発で分かるでしょう。

その「Surrender」ですが、彼らの3rdアルバム「Heaven Tonight」(邦題「天国の罠」
が有名)の1曲目を飾るナンバーで、日本では彼らの代名詞と言えるくらいよく知られた
曲です。イントロからワクワクさせてくれる、サイコーなロック・チューンですよね。

ではそのイントロから解説しますね。最初はギターのコード・ストロークが印象的ですね。
そのコードはA♭/B♭→B♭というコード進行なんですが、これはB♭のキーと考えるのか
E♭のキーと考えるのかで意味が変わってきます。B♭だと一のコードの上に♭七が乗って
いる形なんだけど、E♭と考えると五の上に四.つまりここで四→五という動きが出てくる
わけなんですよ。

その動きを裏書きするかのように、ヴァースは半音上へ転調しているんです。イントロから
ヴァースで転調している曲も珍しいですよね。ただ、この転調が自然にカッコよく聞こえるのは
四→五から♭六へ行っている流れになっているから。これ、同主短調への展開なんですよね。
だから、この流れが自然に聞こえる。(結局B♭majorだと解釈しても、深層でこういう展開が
なされている、と考えることは大事です)

そして、イントロのB♭からキーはBmajorへ行くのですが、ここでのコードはシンプル。
 |B|F#|E|B|B|F#|E|B|
 |E|F#|B|B|E|F#|B|B|

前半は一→五→四→一とロックでよく聞かれる典型的なスリー・コード。後半は四→五→一と
こちらは途中から始まるパターンでこれもよく見かける。そんなありきたりのコード進行ですが
ここはメロディが非常に甘い。この曲は全般的にメロディが甘々なんですけど。

前半の8小節はGから1オクターブ下のGへと下降していくメロディ。その下降形が非常に
心地良いんですが、メロディで起伏があるのはここくらいでして、後は比較的平坦なのです。
そのこともあり、冒頭のメロディが非常に印象に残るように作られています。

ただ、その平坦なメロディも、実に計算して良く作られている。というのがこの楽理解説の
メインディッシュにあたるところ。ヴァース後半の8小節は、A#とBの音を行き来する動きが
メインなのですが、その中でコードがE→F#と動く。すると、EのコードではBは完全5度
の位置なのですがA#が増4度、ちょうど真裏の音になるんです。ですから、ここではA#の
音がフックになる。一方、F#に動くと逆にA#は3度の音で和音にあるのですが、逆にBが
11度で当たる。今度はBがフックになるんですよ。(フックというのは、メロディとコードが
溶け合わないことで、インパクトを持って聞こえることを指しています)

そしてこのA#→Bの動きは、コーラスのメロディでも再現されます。その前に、コードは
こうなっています。
 |B|G#m|F#|E|B|G#m|F#|E|E|E|E|
11小節という変則的な作りですが、これは2回目の繰り返しの最後のEのコードを4小節に
引き延ばしているから。ここのコードは一→六→五→四というもの。2小節目の六という
マイナーに展開するところが、甘いコード使いだと言えるのですが、普通六を使う時は
一→六→四(あるいは二)→五と行くのが典型なのですが、ここでは六から五→四とロックの
典型的な締め方をしている。そこが、甘くありながらもシャープ、というチープ・トリックを
象徴するバランスで出来ているのも絶妙ですね。

そこに、4分音符の頭を意識させるメロディライン。ヴァースではシンコペーションが強い
メロディだったので、その対比もあり非常にポップに聞こえます。そして中身は、ヴァースの
後半に合ったA#→Bの動きを再現したようなライン。2回目からはシンコペーションを
強調したラインになりますが(そのずれが最後に活きます)ヴァースの細かい動きと対比されて
ポップに聞こえます。ちなみに、そのA#→Bの動き、G#mのところではA#がフックになり
(9度で当たってます。ちなみにBは3度)、F#では先ほども触れた通りBがフック→
EではまたA#がフックとなります。ちなみにEのところではメロディはA#からG#へと
下がります。そしてそれの繰り返しからEへとメロディがせり上がりますが、そこからさらに
F#へとダメを押すのが素晴らしい。というのもEだとバックのコードの1度でただコードの
音に戻るだけなのですが、そこからもう1音上がることで再び9度という色気のある当たり方
をするんですね。

そして、再びイントロのコードストロークに戻るのですが、ここでは最初から半音上がって
A/B→Bとなっている。まあ半音上がったしね。ところがここではイントロからヴァースへは
半音上がらず、Bのキーのまま2コーラス目は進みます。

そして、再びイントロのコードストロークになった後で、3コーラス目に再び半音上がって
Cmajorのキーになります。

ということで、3コーラス目は半音上で曲が進みます。念のため、ヴァースとコーラスの
コードを記載しておきます。
 |C|G|F|C|C|G|F|C|
 |F|G|C|C|F|G|C|C|
 |C|Am|G|F|C|Am|G|F|F|F|F|

そして、Gへと上がったメロディを伸ばしたまま、アウトロへ進みます。
アウトロの最初は、メロディはロングトーンで伸ばすだけなのですが、
コードはC→F→C→Gという次につながるようなつなぎのコードですね。

そして、再びコーラスと同じC→Am→G→Fの繰り返しになるのですが、
ここでメロディが細切れにされて、掛け合いっぽく重なるのが楽しい。
最初の「Mommy's all right Daddy's all right」の表拍を強調したメロディと
続く「Surrender Surrender」のシンコペーションになっているメロディが同時に
奏でられているんです。最後の方ではF→Gのメロディのせり上がりも再現されて
いて。こういう形でのメロディの再現は、あまりないパターンで、いつか真似したい
なあと思いますね。

いかがだったでしょうか。ロック曲は単純に見えるのですが、こうして楽理を細かく
見ていくと、色々と芸が細かいことが分かって頂けるのではと思います。ちょっとした
ことが非常にポップに聞こえるポイントになっているんですよね。

次回もロックもの。8月の末になるのでバラードに行きましょう。Ashの「Sometimes」で
夏の終わりを愛でましょう。この時期にいつも聴いて黄昏ている曲です。聴いておいて
下さいね。ロック・シリーズはもうしばらく続けます。
posted by なんくい at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

JASRACが「カスラック」呼ばわりから脱するために

なかなか更新できずすみません。書ける時にまとめて更新しますので、
よろしくお願いします。

今日は、是非ともこれについて書きたい。ということで、先ずはこの記事から。

JASRAC幹部“カスラック”呼ばわりは「非常に悔しい」

組織としてなかなか「顔」が見えないJASRACで、皆さん結構気軽に批判しますけども、
当然そこに働く人がいて、その人達にも感情がある、という当たり前のことを思い
起こさせてくれる記事ですね。そりゃあ、批判されて悔しくない人はいないですもんね。
そこに思いを馳せないと、いじめと変わらないよ、と思っちゃいます。

しかし、私自身としては「だったらオレの記事を読めよ」と言いたいですね。
批判だけでなく、ちゃんと提言もしていますし。自分で言うのもなんですけど、
結構的を得たことを書いてると思うんですよ。

まあ無名の人間の言うことなんてなかなか届かないでしょうけども、この記事を
きっかけに見てもらえたら・・・とムシの良いことを考えて、もう少し具体的に
提言を書こうと思います。

確かにJASRACは今日の音楽を巡る状況の中で、一方的に悪者になっている面があります。
彼らは彼らなりの仕事を忠実に果たしているだけで、実際は音楽出版社などの意向や
その意図ばかり汲まれてどんどん改正している著作権法を問題にしないといけないのに。
さらに言うなら、そういう改正が行われる背景には、音楽をめぐる状況の変化と、それ
によって収益構造を変えざるを得ない、という業界側の苦しい事情もあるわけで、
それを考えずにフリー・ライドばかりしているリスナー側にも、責任の一端(なんて
小さいものではないかな)はあるわけです。

ただ、状況の変化に応じて、法律を変えてお金を徴収する範囲を増やしていくだけでは、
音楽の権利を持っている側の主張ばかりが通っているように映りますし(実際そうだと
私も思いますしね)そのことへの(意識せずとも)怒りが、たまたま分かりやすい矛先
としてJASRACに向かっているのだと考えることが出来ましょう。(JASRACの人達にも
このくらい冷静な状況分析が出来ていてほしいな)

つまり、諸悪の根源は、ルール作りをする際にちゃんとした話し合いが出来ていないこと、
もっと言うと利害の調整という面倒くさい作業が、実際はなされてないことだと考えます。

そう言うと「いや、ちゃんと話し合いはしている」とJASRAC側は仰ることでしょう。確かに、
そうした議事録のようなものも、ネットを調べれば出てきます。しかし、その議事録を読む
たびに、私は疎外感に苛まれてしまいます。著作権に対して問題意識を持っている私でさえ
そう思うんですから、普通のリスナーが読んだらさらなる燃料の投下にしかならないですよ。

例えば「街から音楽が消えた」などと言われる件。お店で音楽を流す時、その売り場面積に
応じてJASRACにお金を払わないといけない。それが原因で、お店で音楽を流すということが
(有線やラジオを除いて)非常に少なくなった。このことにも批判が多く寄せられます。

しかしこれだって、実際の著作権法でそのように定められているわけですから、そこで
騒いでもしょうがない。問題にすべきは、その立法プロセスなんですよ。その話し合いの
段階で、お店の代表者と意見を調節しましたか? お店の人だけでなく、その利用者にも
話を聞きましたか? そういうところで、シビアな話し合い(だってお店の人は反対するに
決まってますもんね)がなされたなんて話、私は聞いたことはありません。(もしかすると
話し合いがなされたのかも知れません。だったら謝ります。ただ「形だけ」みたいなもの
はダメですよ。アリバイみたいな話し合いしかなされていないのでは、と訝っているわけ
ですから)

つまり、ルールを変えるという時、きちんとした話し合いを、もっとオープンな形で
行っていくべきなんですよ。音楽の将来という意味では、みんな危機感を持っているわけ
ですから。

例えば今回話題になっている「音楽教室からの徴収」にしたって、話題になってみんなが
意見を言うという状況は、実は歓迎すべきことなんですよ。それが、争いみたいな形に
なってしまっているのが不幸なわけで、そこは持っていき方が上手くなかったなあと
反省すべきでしょうね。ただ、ここから利害調整的な話し合いに持っていくのは、不可能で
ないと私は思っていますが。

最近私は、こういう本を読んでいまして。
法のデザイン−創造性とイノベーションは法によって加速する -
法のデザイン−創造性とイノベーションは法によって加速する -

まだ読んでいる途中ですが、この本は音楽に興味のある人なら必読だと断言できます。
JASRACや音楽出版社の方も、是非読んで仕事の参考にして頂きたいのですが、誰にとっても
トクな形になり得る法のあり方って可能だと思うんですよ。法を作っていく立場の人が、
この本に書かれているような、法やアーキテクチャ(要は機械環境のようなことです)を
改変することで権利者の権利も保護されつつさらなるイノベーションも生む(←この視点が
今の権利者側に希薄すぎる。ここが大きな問題なのです!)という考えを共有してくれれば
少なくとも今の状況は劇的に変わるだろうと考えますね。

結論にいきます。私は、JASRACが今の嫌われ者のような位置から脱するには二つの方向性が
あると考えています。一つは、もっと公平な分配に力を入れ、その副産物としての情報産業に
活路を見出すこと。これは昔、ランキングの連載をしていてそういう記事を書きました。

実はこれについては、少し状況が動いておりまして。江川ほーじんさんが「演奏曲目入力
システム」というものを始めた時、その情報機能に着目して私は記事を書きました。ところが、
この試みを最近JASRACがやっているんですよ。
作品データベース検索サービス

これ、いい試みだと思いますね。江川ほーじんさんがやろうとしていることをJASRACが
パクった、なんて無粋なことは言いません。だってこれは大きな組織がやった方がいいに
決まってるもんね。ただこれも、まだ私が提言した方向では全く機能していないので、
是非考慮して頂きたいものですが。

音楽の権利がどのように分配されているかは、プライバシーに関わる部分(それにお金の
話ですからね)ですから、完全な公開は難しいことは承知しています。ですからここは
さじ加減の問題でしょうが、ここに需要があることは、このブログでもさんざん言っています。
今、アイドルにせよアーチストにせよ、目標を見出しにくい状況ですからね。適切な基準
作り、という点でもJASRACは貢献できるよ思いますよ。(そこで信頼を得られれば、リスナー
も彼らの活動に理解を示すという副産物もあります)

もう一つの方向性は、水野祐さんの本じゃないですけども、様々な意見のたまり場として
活用していく、という方向性です。現状JASRACは音楽の権利を持っている人達の団体です。
それを、利用者とかの意見を容れていくような体制にしていく。そのことに私は、音楽の
未来を考えた上で、メリットがあると考えます。

いや、それは不可能だよという意見もあるでしょう。そもそも今はJASRACの独占がダメだ
という話もありますから。であれば、別組織でも構わないです。権利を持っている人だけ
でなく、音楽を利用する側(本当はそういう二分法にしたくない、という未来への志向も
個人的にはありますが)も含めて、みんなで話し合って音楽の未来への方向性を決めていく、
そんな組織が今こそ必要だと思います。それくらいみんなで考え行動していかないと、
もうヤバいだろう。そういう状況だと思いますよ。

この記事は、JASRACの社員の方とか理事、あるいはその関係者の方に是非とも読んでほしくて
頑張って書いたつもりです。もし検索等で引っかかったなら、私の他の記事も(たくさんある
ので少しずつですけども)読んで頂きたいと思います。
posted by なんくい at 23:36| Comment(3) | TrackBack(0) | 著作権 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月18日

祝30周年!エレカシの極私的30曲(27)約束

あと4曲になりましたエレカシの極私的30曲。アルバム「悪魔のささやき〜
そして、心に火を灯す旅〜」の後は、シングル「大地のシンフォニー」が
ありました。



この「大地のシンフォニー」もメロディックなバラードの系譜にありながら、
宇宙的なスケールの大きさを感じさせる名曲なんですが、今回取り上げるのは
そのカップリング曲である「約束」です。「出た、またなんくい得意のひねり趣味
だろ」とお思いかも知れません。確かにそういう面もあるかも知れません。しかし、
この「約束」は、長くエレカシを愛した人ほどグッとくるに違いない大名曲なんです!



先ず、何といっても宮本さんのボーカル。いや非常にボーカリストとしての評価の高い
お方ですけども、その中でも情感を込めて歌われる、世紀の名唱だと思います。特に
抑えたところの歌がメチャクチャくるんですよね。

そして、堂々としたミディアム・テンポのビートに乗って、比較的モノトーンに綴られる
この曲の曲調も、この曲では格調を高める役割を果たしていると思います。静かに、でも
だからこそ強く深く歌われる思い。

ここで歌われるのは、過去の約束を今も貫いていくという時間の流れと共に、今も変わらない
思い。それが、彼らの歩みと相まって感動を生んでいる。そこが、この曲のキモだと考えます。

エレカシの歩みは、決して順調だったわけではなく、むしろ色んな恥辱に塗れたり、反対に
喜びに我を忘れたり、非常に凸凹の多い道を歩んできたと言えましょう。活動スタンスや
音楽性だって、長い歴史の中で色んな時期がありました。

そんな中でも、この歌で歌われているような「今よりも素晴らしい明日」を、それこそ
「燃えるような熱い想い」で求め行動してきた。その意志だけはずっと高いまま保持
してきた。いやむしろ、求めてきた理想が高いからこそ、凸凹な道になっていったし、
彼らのスタンスだって色んな変遷をとげてきた、と言ってもいいのかも知れません。

そんな、熱い想いに貫かれた彼らの歩みを証(あか)すような一曲が、この「約束」だと
私は考えます。これを初めて聴いた時、宮本さんの、いやエレカシの4人の魂は、長い
旅路を経てここへ行き着いたのだと、感動に打ち震えたことを今でも覚えています。
(というより、今でもこの曲を聴けば、その感動がよみがえってきます)

次回は、そんなエレカシの集大成と言えるアルバム「MASTERPIECE」からお送りします。
posted by なんくい at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする